人の雑談のおよそ3分の2は、自分やほかの人についての話でした。言葉はその「人の話」をするために生まれた、というのがダンバーの仮説です。ただし言語の起源を説明する説のひとつで、決着はついていません。
昨日、誰かといちばん長く話した話題を思い出してみてください。仕事の段取り、ニュース、天気。そう答えたくなりますが、細かく思い返すと、「あの人がこう言ってた」「うちの親がね」といった、人をめぐる話がかなりの時間を占めていないでしょうか。
イギリスの人類学者ロビン・ダンバーは、この「人の話ばかりしている」という性質こそが、人間が言葉を持った理由ではないかと考えました。1996年の著書『Grooming, Gossip and the Evolution of Language』(邦訳『ことばの起源 猿の毛づくろい、人のゴシップ』青土社)で広く知られるようになった、いわゆるゴシップ仮説です。
毛づくろいでは、時間が足りない
出発点はサルの毛づくろいです。サルの仲間の多くは、1日の時間の最大2割ほどを毛づくろいに使うと言われています。ノミ取りというより、誰と誰が親しいかを確かめ合い、いざというときの味方を作るための行動です。
ただ、毛づくろいには弱点があります。一度に相手にできるのは基本的に1頭だけ。群れが大きくなるほど、全員と関係を保つための時間が足りなくなります。
ダンバーは1993年の論文で、霊長類の脳の大きさと群れの大きさの関係から、人間が無理なく保てる集団はおよそ150人と見積もりました(いわゆるダンバー数です)。そして、もし人間がサルと同じやり方で150人との関係を保とうとすれば、1日の時間の約42%を毛づくろいに費やす必要がある、と計算しています。食べ物を探す時間も眠る時間も削らなければならない数字です。
そこで、手を使わずにできる「声の毛づくろい」が発達し、やがて言葉になった、というのが仮説の骨組みです。声なら同時に何人とでもやりとりできますし、その場にいない誰かについての情報まで伝えられます。「あの人は約束を守る」「あの人には気をつけたほうがいい」。自分で確かめなくても、群れの人間関係の地図を更新できるわけです。
会話を数えてみた
仮説が正しいなら、実際の会話は人の話であふれているはずです。ダンバーはアンナ・マリオット、ニール・ダンカンと、カフェなどくつろいだ場所で交わされる会話を記録し、話題を分類しました。1997年に発表された結果では、男女を問わず、会話時間のおよそ3分の2が社会的な話題、つまり自分や他人の人間関係や経験についての話でした。
ちなみにダンバーらは1995年に、自然に生まれる会話の輪は、話し手を含めて4人くらいが上限だという研究も出しています。それ以上になると、輪は自然に2つに割れてしまう。声の毛づくろいにも、届く範囲があるようです。
1997年の研究は影響力が大きかった一方、記録した会話は45件と少なく、場所も公共の場に限られていました。その弱点を埋めようと、ポーランドの研究チームがダンバー本人も加わって再調査を行い、2025年に発表しています。535の会話を細かく分類したところ、社会的な内容の割合は約85%と、元の研究よりさらに高い数字になりました。
「うわさ話」と聞くと悪口を思い浮かべますが、そうとも限りません。カリフォルニア大学リバーサイド校のミーガン・ロビンズらが2019年に発表した研究では、467人の日常の会話を録音して調べた結果、その場にいない人の話をしていた時間は1日平均52分。そのうち4分の3ほどは、良くも悪くもない中立的な内容でした。
言葉は安すぎる、という反論
もっとも、ゴシップ仮説には有力な批判もあります。よく挙げられるのは、言葉は安上がりすぎるという指摘です。毛づくろいは時間と手間がかかるからこそ「あなたを大事にしている」という信号になります。口先だけなら誰でも言えるので、絆を保つ道具としては信用しにくいのではないか、というわけです。また、言葉の起源については、道具作りを教えるため、狩りで協力するため、といった別の説も並んでいて、どれか一つに決まっているわけではありません。
それでも、私たちの会話が実際に人の話で埋まっていることは、何度数え直しても変わっていません。休憩室での他愛ない雑談は、仕事をさぼっている時間というより、群れの中で自分の居場所を確かめる時間なのかもしれません。
参考にした資料
- Dunbar, R. I. M. (1993). Coevolution of neocortical size, group size and language in humans. Behavioral and Brain Sciences, 16(4), 681–735.
- Dunbar, R. I. M., Duncan, N. D. C., & Nettle, D. (1995). Size and structure of freely forming conversational groups. Human Nature, 6, 67–78.
- Dunbar, R. (1996). Grooming, Gossip and the Evolution of Language. Harvard University Press.(邦訳『ことばの起源 猿の毛づくろい、人のゴシップ』青土社)
- Dunbar, R. I. M., Marriott, A., & Duncan, N. D. C. (1997). Human conversational behavior. Human Nature, 8, 231–246.
- Dunbar, R. I. M. (2004). Gossip in evolutionary perspective. Review of General Psychology, 8(2), 100–110.
- Szala, A., Wacewicz, S., Placiński, M., et al., & Dunbar, R. I. M. (2025). How much conversation content is actually social: human conversational behaviour revisited. Language and Cognition, 17, e11.
- Robbins, M. L., & Karan, A. (2019). Who gossips and how in everyday life? Social Psychological and Personality Science.
- UC Riverside News「UC Riverside study busts myths about gossip」(2019)