大きなお願いを一度断ると、次の小さなお願いは引き受けやすくなります。相手が「譲ってくれた」と感じると、こちらも譲り返したくなるからだと考えられています。
心理学者のロバート・チャルディーニは、道でボーイスカウトの少年に呼び止められたことがあるそうです。土曜の夜にあるサーカスのチケットを1枚5ドルで買ってほしい、と言う。断ると、少年は「じゃあ、1本1ドルのチョコバーはどうですか」と続けました。チャルディーニはチョコバーを2本買い、そのあとで、自分はチョコバーがそれほど好きではないことに気づきます。
著書『影響力の武器』に出てくるこの話は、彼自身が数年前に実験で確かめていた現象そのものでした。
2年間のボランティアを断った人たち
1975年、チャルディーニらはアリゾナ州立大学のキャンパスで、歩いている学生に声をかけました。本命のお願いは「少年院の子どもたちを2時間、動物園に連れて行く付き添いをしてもらえませんか」というものです。無報酬で、相手は非行歴のある子どもたち。気軽に引き受けにくい内容です。
いきなりこのお願いだけをした場合、引き受けた学生は約17%でした。
別の学生には、まず「これから2年間、毎週2時間、少年院でカウンセラーとして働いてもらえませんか」と頼みます。ほぼ全員が断りました。そこで「では、1回だけ動物園に付き添っていただくのは」と本命を出すと、引き受けた学生は50%。3倍近くになりました。
おもしろいのは、大きなお願いと小さなお願いを「どちらか選んでください」と同時に並べただけでは、ここまで上がらなかったことです。断られたあとに相手が引き下がる、という順番が大事でした。チャルディーニらはこれを、相手の譲歩にはこちらも譲歩で返す「返報性」のはたらきだと考えました。最初の要求が相手を門前払い(ドア・イン・ザ・フェイス)させるほど大きいことから、この名前がついています。
日本語では「譲歩的依頼法」とも呼ばれます。小さなお願いから大きくしていく「フット・イン・ザ・ドア」とは、ちょうど逆の順番です。
45年後のドイツでも、ほぼ同じだった
社会心理学では、有名な実験が追試で再現しないことがここ十数年で次々に明らかになっています。この実験はどうだったのか。
2021年、ケルン大学のオリヴァー・ゲンショウらは、同じ手順をドイツの大学キャンパスで再現し、『Journal of Personality and Social Psychology』に発表しました。大きなお願いを断ったあとに本命を出された学生では51.28%が引き受け、小さなお願いだけをされた学生の37.88%を上回りました。原典の50%とほとんど同じ数字です。
半世紀近く前の、しかも国も文化も違う場所で同じ結果が出たことから、論文の題には「社会心理学は半世紀を越えて残るか」という問いがそのまま入っています。少なくともこの現象については、答えは「残る」でした。
「はい」と言わせても、来てくれるとは限らない
ただし、効き目には限りがあります。
2012年、ニューヨーク州立大学バッファロー校のトーマス・フィーリーらは、この手法を扱った研究をまとめて分析しました。結果は、相手に「やります」と言わせる効果ははっきりあるものの、実際にその場に来る、お金を払うといった行動まで含めると、効果は統計的に意味のある大きさではなくなる、というものでした。口では引き受けても、あとで行かない人が増えるのかもしれません。
ほかにも、最初の要求と本命を同じ人が頼むこと、間をあけずに続けること、といった条件がそろわないと効きにくいことが知られています。最初の要求があまりに非常識だと、相手は単に「この人とは話したくない」と感じて終わります。
頼まれる側としてできるのは、最初の大きなお願いを物差しにしないことくらいです。「さっきのよりは小さい」ではなく、そのお願いだけが単独で来たら引き受けたかどうか。チョコバーが好きでないなら、1本1ドルでも買わなくていいはずです。
参考にした資料
- Cialdini, R. B., Vincent, J. E., Lewis, S. K., Catalan, J., Wheeler, D., & Darby, B. L. (1975). Reciprocal concessions procedure for inducing compliance: The door-in-the-face technique. Journal of Personality and Social Psychology, 31(2), 206–215.
- Genschow, O., Westfal, M., Crusius, J., et al. (2021). Does social psychology persist over half a century? A direct replication of Cialdini et al.'s (1975) classic door-in-the-face technique. Journal of Personality and Social Psychology.
- Feeley, T. H., Anker, A. E., & Aloe, A. M. (2012). The door-in-the-face persuasive message strategy: A meta-analysis of the first 35 years. Communication Monographs, 79(3).
- ロバート・B・チャルディーニ『影響力の武器』(誠信書房)
- University at Buffalo News Center(2012年のメタ分析の発表)/ SPSP「Character & Context」ブログ