道で上を見上げる人が1人なら通行人の4%しか立ち止まらず、15人なら40%が足を止めました。人は「ほかの人がしていること」を手がかりに、自分の行動を決めています。
2023年のイグノーベル賞で、心理学賞を受けたのは半世紀以上前の論文でした。著者はスタンリー・ミルグラムと、当時の教え子だったレナード・ビックマン、ローレンス・バーコウィッツ。ミルグラムはすでに亡くなっていたので、受賞は没後になります。対象になったのは、街の歩道で知らない人が上を見ていたら、通行人はどれくらいつられて上を見るのか、という実験です。
聞くと笑ってしまう題材ですが、「人はなぜ行列に並びたくなるのか」を考えるとき、いまでもよく引き合いに出される研究です。
6階の窓を60秒見つめる
実験は1968年の冬、ニューヨークのにぎやかな通りで、2日の午後をかけて行われました。歩道の約15メートルの区間を観察の場所に決め、向かいのビルの6階の窓から合図を送ります。合図を受けたサクラがその区間の真ん中で立ち止まり、6階の窓を60秒間じっと見上げる。それだけです。
サクラの人数は1人、2人、3人、5人、10人、15人の6通り。それぞれ5回ずつ、順番はランダムにして、計30回くり返しました。様子は6階から撮影され、あとからフィルムで通行人1,424人の動きが数えられています。
結果ははっきりしていました。見上げているのが1人のとき、隣で立ち止まった通行人は4%。15人になると40%まで増えます。歩きながらちらっと見上げるだけの人まで数えると、1人のときで42%、15人のときで86%でした。
おもしろいのは、立ち止まるより見上げるほうがずっと多かったことです。論文でも、手間のかかる行動ほど人は加わりにくい、と書かれています。視線を向けるのはタダですが、足を止めるのは自分の予定を少し崩すことになるからです。
「みんながしている」は情報になる
心理学者のロバート・チャルディーニは、こうした現象を「社会的証明」と呼びました。どうすればいいか自信がないとき、人はまわりの人の行動を「正解の証拠」として使う、という考え方です。
これは必ずしも愚かな行動ではありません。15人が同じ方向を見ているなら、そこに何かがある可能性は高い。知らない町でお昼を探すとき、行列のできている店を選ぶのも、自分で全部の店を試せない以上、わりと合理的なやり方です。
チャルディーニたちは2008年、この考え方をホテルで試しています。客室に置く「タオルの再利用にご協力を」というカードを、環境保護を訴える文面と、「このホテルのお客様の多くがタオルを再利用しています」という文面で比べたところ、再利用した客の割合は35.1%から44.1%に上がりました。
思ったほど強くない場面もある
ただ、社会的証明はいつでも効く魔法ではありません。
ドイツの研究者ボーナーとシュリューターは2014年、2つのホテルでこのタオルの実験をやり直しました。カードを置くと、何も置かない場合より再利用は増えました。ところが「多くのお客様が」という文面が、ふつうの環境保護の文面より効いたという結果は出ませんでした。1つ目のホテルではカードの種類を問わず8割以上の客がタオルを再利用していて、もともと再利用する人が多いと差がつきにくかったようです。
見上げる実験も、2012年にイギリスのオックスフォードの商店街で、規模を大きくして行われています(ギャラップらの研究)。つられて見上げる人がサクラの人数とともに増える点は同じでしたが、見上げた通行人は全体で27%ほど。ミルグラムたちのデータと比べると、つられ方はかなり控えめでした。研究チームは、見上げる人が一定数を超えると一気に全員に広がる、という「臨界点」のようなものは見られなかったと書いています。
場所や時代、そもそもその人が急いでいるかどうかで、効き目はけっこう変わる、ということです。
それでも、行列を見かけてなんとなく気になったら、一度だけ考えてみる価値はあります。自分はその店に興味があるのか、それとも人が並んでいること自体に引かれているのか。後者だとわかっていても並びたくなることはありますが、わかって並ぶのと、気づかずに並ぶのとでは、少し気分が違うはずです。
参考にした資料
- Milgram, S., Bickman, L., & Berkowitz, L. (1969). Note on the drawing power of crowds of different size. Journal of Personality and Social Psychology, 13(2), 79–82.
- Goldstein, N. J., Cialdini, R. B., & Griskevicius, V. (2008). A room with a viewpoint: Using social norms to motivate environmental conservation in hotels. Journal of Consumer Research, 35(3), 472–482.
- Bohner, G., & Schlüter, L. E. (2014). A room with a viewpoint revisited: Descriptive norms and hotel guests' towel reuse behavior. PLOS ONE, 9(8), e104086.
- Gallup, A. C., Hale, J. J., Sumpter, D. J. T., et al. (2012). Visual attention and the acquisition of information in human crowds. PNAS, 109(19), 7245–7250.
- ロバート・B・チャルディーニ『影響力の武器』(誠信書房)
- Improbable Research(イグノーベル賞 2023年 心理学賞の発表)