未完了のことは記憶に残る——という有名な話。だが2025年の集計では、未完了と完了の想起の比は0.99。差はほぼ無かった。
0.99。
2025年に発表された分析が、心理学でいちばん引用される効果のひとつに付けた数字です。59本の研究を集め、「途中で中断した課題」と「最後までやり切った課題」の、あとから思い出せた数の比を出した結果がこれでした。1.00なら完全に互角。つまり、差はほとんど無かったということになります。
その効果の名前をツァイガルニク効果といいます。未完了のことほど頭に残る、という現象で、勉強のコツやマーケティングの記事に必ず登場するあれです。
ベルリンのカフェで見た、らしい
話の出発点は実験室ではなく、飲食店でした。1920年代のベルリン。ゲシュタルト心理学者クルト・レヴィンが、ウェイターは会計前の注文を正確に覚えているのに、支払いが済んだとたんに何も思い出せなくなる、と気づいた——という逸話です。
ただ、この逸話は語り手によって中身が違います。心理学史家エドウィン・ボーリングの版では、ウェイターが忘れたのは会計の「合計額」。ドナルド・マキノンの版では「誰が何を頼んだか」です。2020年にこの経緯を追ったウォータールー大学のコリン・マクラウドは、どちらが正確なのか確かめようがない、と書いています。記憶の効果の起源譚が、語り継がれるうちに形を変えていた。皮肉というより、記憶研究そのものの実例に近い話です。
32人、22の課題、およそ2倍
逸話を実験にしたのが、レヴィンの学生だったブルーマ・ツァイガルニクでした。1927年、『Psychologische Forschung』誌に85ページの論文を発表しています。
主実験の参加者は32人。粘土細工、箱の組み立て、パズルなど22種類の課題を次々にやってもらい、その半分を途中で中断させます。全部終わったあとで「どんな課題をやりましたか」と尋ねる。すると、中断した課題を思い出した数は、やり終えた課題のおよそ2倍でした。参加者の約8割で、この向きの差が出ています。論文全体では、子どもや教師を含めて164人が参加しました。
説明はレヴィンの理論から来ています。人は課題に取りかかった時点で心の中に小さな「緊張」を作り、それが終わると解ける。終わっていない課題は緊張を張ったままなので、思い出しやすい——という考え方です。図式としてきれいで、だからこそ広まりました。
追試が、続かなかった
問題はそのあとです。
1951年の時点で、カール・ホヴランドが「この結果を疑いなく再現できた研究者はほとんどいない」と書いています。1964年にはバターフィールドが「不変の結果とはほど遠い」と結論しました。1968年にヴァン・バーゲンが手続きを丁寧に揃えて追試したときには、比が0.88——完了した課題のほうがよく思い出されたという、逆向きの結果まで出ています。マクラウドの整理では、44件の追試のうち効果を報告できたのは3分の1に満たない、とのことです。
そして冒頭の2025年の分析。ベルン大学のロマン・ギベリーニとベアト・マイヤーが、『Humanities and Social Sciences Communications』誌に発表したものです。ツァイガルニク効果を扱った38本を集計して、比は0.99。ツァイガルニク本人のデータを外しても0.99のままでした。思い出された課題のうち未完了が占める割合も49.4%と、半々からほとんど動きません。
なぜ100年前には出た差が、いま出ないのか。有力な見方のひとつは、この効果が条件と人によって大きく振れる、というものです。とくに達成動機の高い人では出やすい。実験者の権威が強く、「途中でやめさせられた」ことが今よりずっと屈辱的に感じられた時代の実験室でなら、緊張は確かに残ったのかもしれません。
生き残ったのは、隣の効果のほう
とはいえ、「続きが気になる」感覚そのものが幻だったわけではありません。
同じ分析には、もうひとつの効果も含まれていました。オフシャンキナ効果といいます。ツァイガルニクと同じレヴィンの研究室にいたマリア・オフシャンキナが1928年に報告したもので、中断された作業を人はまた再開したがる、という現象です。こちらの集計結果は、再開率67%。原著を除いても66.8%で、ほとんど揺らぎませんでした。
つまり、こう整理できます。中断された作業を人はよく覚えている——これは怪しい。中断された作業に人は戻ってくる——これはかなり確からしい。
「続きはCMのあと」も、キリの悪いところで参考書を閉じるコツも、効いているとすればおそらく記憶のほうではなく、この再開したくなる引力のほうです。名前は有名なほうに付いてしまいましたが、働いていたのは隣にいた効果だった、ということになります。
有名な心理効果の話をするとき、その効果がいま何本の追試を生き延びているのかまでは、たいてい語られません。ときどき覗いてみると、こういう入れ替わりが見つかります。
参考にした資料
- Zeigarnik, B. (1927)「Über das Behalten von erledigten und unerledigten Handlungen」Psychologische Forschung 9, 1–85
- Ovsiankina, M. (1928)「Die Wiederaufnahme unterbrochener Handlungen」Psychologische Forschung 11
- Ghibellini, R., & Meier, B. (2025)「Interruption, recall and resumption: a meta-analysis of the Zeigarnik and Ovsiankina effects」Humanities and Social Sciences Communications 12, 962
- MacLeod, C. M. (2020)「Zeigarnik and von Restorff: The memory effects and the stories behind them」Memory & Cognition 48, 1073–1088
- Van Bergen, A. (1968) Task Interruption(追試と再現性の検討)
- Hovland, C. I. (1951)、Butterfield, E. C. (1964) による当時の再現性への言及