「損は得の2倍こたえる」の2倍は、2.25という具体的な推定値から来ています。607件を集めた2024年のメタ分析では1.955。ところが翌年、同じデータを損と得の金額がそろっている実験だけに絞って読み直すと、その差はかなり心もとなくなりました。

コインを1回投げます。表が出たら1万円もらえて、裏が出たら1万円払う。やりますか。

たいていの人はやりません。期待値はゼロなので、断る理由は数字の上には無いのですが、それでも手が伸びない。では、表なら2万円もらえるならどうでしょう。ここで急に「まあ、やってもいいか」に変わるなら、その心の動きに名前がついています。損失回避です。

2.25という数字が生まれた場所

損失回避が世に出たのは1979年、ダニエル・カーネマンとエイモス・トベルスキーが経済学誌『エコノメトリカ』に発表したプロスペクト理論の論文でした。同じ1万円でも、手に入るときの嬉しさより失うときの痛みのほうが大きい。この非対称を組み込んだところが、それまでの意思決定モデルとの分かれ目です。

ただし1979年の論文に「2倍」という数字は無く、痛みのほうが急という形の話でした。数値がついたのは13年後、1992年の続編にあたる「Advances in Prospect Theory」です。損失側の傾きを表すλというパラメータを実際の選択データから推定したところ、値は2.25。同じ額の損は、得のおよそ2.25倍の重みで効いている、という意味になります。

この2.25が、その後30年ぶん引用され続け、いつのまにか「人は損に2倍反応する」という言い切りの形で定着しました。

「そんな一般法則は無い」と言い出した人たち

風向きが変わったのは2018年です。デイヴィッド・ゲイルとデレク・ラッカーが『ジャーナル・オブ・コンシューマー・サイコロジー』誌に、そのものずばり「損失回避の喪失」という論文を出しました。主張は、損が得より重いという一般的な傾向を支える証拠はそろっていない、というもの。効くかどうかは文脈しだいで、条件が変われば消えるし、逆向きにもなる、と書いています。

同誌はこの論文を軸に特集を組み、賛否の応答をまとめて載せました。もっとも本格的な反論が2020年、マークヴァらによる論文で、タイトルには「損失回避には調整要因があるが、その死を報じるのは大げさだ」という趣旨の一文が入っています。学術誌の見出しとしては、なかなか感情が出ているほうです。

607件を集めたら1.955、切り直したら薄くなった

議論を数で決着させようとしたのが2024年、ブラウン、今井、ヴィーダー、キャメラーによる『ジャーナル・オブ・エコノミック・リテラチャー』のメタ分析でした。経済学・心理学・神経科学など150本の論文から、1992年以降に報告された損失回避係数の推定値607件を集めています。

平均は1.955。95%の確率で真の値は1.820から2.102の間、という結論でした。2.25よりは控えめですが、「損は得の2倍近い」という言い方はおおむね生き残った、と読める数字です。

ところが翌2025年、エルダッド・イェキアムとダナ・ゼイフが、この607件のデータセットそのものを引き取って切り直しました。着目したのは実験の作りの二点です。ひとつは、提示された損の額と得の額がそろっているか(多くの実験では損のほうが小さく設定されています)。もうひとつは、選択肢が金額の大きい順・小さい順といった並びで出されているかどうか。

84本の論文、163件の推定値、のべ14万9千人ぶんを分け直した結果、強い損失回避がはっきり再現したのは、損のほうが小さい実験と、順序をつけて提示した実験でした。裏を返せば、条件をそろえた場合には同じようには出てこない。著者らは、損失回避は頑健な現象とは言えない、と結論づけています。

これが最終決着というわけではありません。2018年の議論がそうだったように、この再分析にも反論が出るはずです。ただ、教科書で見る2.25という数字が、実験の設計しだいで伸び縮みするものだという点は、もう共有された話になりました。

それでもコインは投げにくい

冒頭のコイン投げに戻ります。1万円対1万円では乗り気になれず、2万円なら考える——この感覚自体は、たぶんあなたの中で本物です。誰かに測ってもらう必要のない実感があります。

変わったのは、その実感を「人間は常に損を得の2倍で感じる」という法則に広げてよいかどうかの部分です。金額の大きさ、選択肢の並び方、そもそも自分の持ち物なのかどうか。そういう周辺の条件が、思っていたよりずっと効いている。損失回避は、消えたのではなく、適用範囲がだいぶ狭く測り直されている最中、というあたりが今のところの正確な言い方だろうと思います。

数字を引くときに「2.25倍」ではなく「その実験では2.25倍だった」と一言足せるかどうか。この手の話では、たいていそこが分かれ目になります。

参考にした資料

  • Kahneman, D., & Tversky, A. (1979). Prospect Theory: An Analysis of Decision under Risk. Econometrica, 47(2), 263–291.
  • Tversky, A., & Kahneman, D. (1992). Advances in Prospect Theory: Cumulative Representation of Uncertainty. Journal of Risk and Uncertainty, 5, 297–323.
  • Gal, D., & Rucker, D. D. (2018). The Loss of Loss Aversion: Will It Loom Larger Than Its Gain? Journal of Consumer Psychology, 28(3), 497–516.
  • Mrkva, K., Johnson, E. J., Gächter, S., & Herrmann, A. (2020). Moderating Loss Aversion: Loss Aversion Has Moderators, But Reports of Its Death Are Greatly Exaggerated. Journal of Consumer Psychology, 30(3).
  • Brown, A. L., Imai, T., Vieider, F. M., & Camerer, C. F. (2024). Meta-analysis of Empirical Estimates of Loss Aversion. Journal of Economic Literature, 62(2), 485–516.
  • Yechiam, E., & Zeif, D. (2025). Loss Aversion Is Not Robust: A Re-Meta-Analysis. Journal of Economic Psychology, 107, 102801.