後から思い出す印象は、体験の合計ではなく「いちばん強かった瞬間」と「終わり方」でほぼ決まります。だから終わりに少しマシな時間を足すと、つらい時間は長くなったのに評価は上がる。これを大腸内視鏡で本当にやってみた試験が、2003年に報告されています。

検査の終わりに、医師がわざと時間を延ばす。何をするでもなく、器具を入れたまましばらく待つ。患者にその理由は伝えない。

実際に行われた話です。2003年、トロントの病院で、682人を対象としたランダム化比較試験として。目的は検査の精度を上げることではなく、患者の記憶のほうを書き換えることでした。

冷たい水に、30秒だけ余計に手をつける

話は1993年にさかのぼります。ダニエル・カーネマン、バーバラ・フレドリクソン、チャールズ・シュライバー、ドナルド・レデルマイヤーが『サイコロジカル・サイエンス』誌に出した論文は、タイトルがそのまま結論になっています——「より多くの痛みが、より少ない痛みより好まれるとき」。

参加者32人に、2種類のつらい体験をしてもらいます。短いほうは、14度の水に片手を60秒。長いほうは、反対の手を同じ14度に60秒つけたあと、さらに30秒そのままにする。その30秒のあいだ、水温は15度まで少しずつ上げられます。1度しか違わないので、まだ十分に冷たい。ただ、さっきよりはマシです。

長いほうは、短いほうの体験をまるごと含んだうえで、つらい時間が30秒多い。選ぶ理由はどこにもありません。それでも7分後、「3回目をやるとしたら、どちらを繰り返しますか」と聞かれた32人のうち、22人——69%が長いほうを選びました。受けた苦痛の総量ではなく、残った記憶のほうを基準に選んだ、というのが著者たちの読みです。

内視鏡の終わりに、何もしない時間を足す

1996年、レデルマイヤーとカーネマンは同じ発想を病院に持ち込みます。大腸内視鏡を受ける患者154人と、体外衝撃波で結石を砕く治療を受ける患者133人に、処置のあいだ60秒ごとに痛みの強さを申告してもらい、終わってから「全体としてどれくらいつらかったか」を答えてもらいました。

後から振り返った「全体のつらさ」と強く結びついていたのは、いちばん痛かった瞬間の強さと、最後の3分間の痛みでした。処置の長さは、数分で終わった人から1時間を超えた人までかなりの幅があったのに、記憶のつらさをほとんど動かしていません。この、時間の長さが印象に効かない現象には「持続時間の無視」という名前がついています。

そして2003年、レデルマイヤー、ジョエル・カッツ、カーネマンは、外来患者682人でランダム化試験を行いました。くじで選ばれた半数には、検査の終わりにスコープの先端を直腸に残したまま、短い時間を追加します。送気も吸引もしない、ただ待つだけの時間です。

結果は狙いどおりでした。最後の瞬間の痛みは10点満点で2.5から1.7に下がり、体験全体の不快さは10センチの目盛りで4.9から4.4に、他の7つの不快な体験と並べたときの順位も4.6位から4.1位へ。追跡期間の中央値5.3年で再検査に戻ってきた割合は全体で50.4%、延長群のほうがわずかに高いという結果も出ています(オッズ比1.41)。

効くのは確かだが、どこまで効くのか

2022年、バルカ・アライベックらが『Organizational Behavior and Human Decision Processes』誌に、174の効果量を集めたメタ分析を発表しました。ピークと終わりが後の評価を予測する力は r = .581 と大きく、体験の長さや、始まり、いちばん低かった点よりも強い。心理学の知見が次々に再現しなくなっている時期に出たものとしては、かなり頑丈な結果です。

ただし、どんな体験でも効くという話ではありません。2008年、ケンプ、バート、ファーノーは学生49人に、平均7日間の旅行中、毎日その日の幸福度をメールで送ってもらいました。帰宅後に旅行全体の幸福度を聞くと、ピークと終わりの組み合わせは飛び抜けて良い予測にはなっていません。数分の痛みと1週間の旅行では、記憶の作られ方が違うようです。

2003年の試験にしても、数字そのものは劇的ではありません。10センチの物差しで0.5センチぶんの差です。終わり方をいじれば体験の記憶は動く、けれど動く幅はそれほど大きくない——というあたりが実際のところでしょう。

黙って終わりを足してよいのか

2025年、R・C・アーミテージが『Journal of Evaluation in Clinical Practice』誌に、この手法自体を倫理の側から検討した論文を出しています。患者の記憶が和らぎ、再検査に戻る人が増えるなら、善行にも公正にもかなう。問題は、患者にそれを説明できないところにあります。

「これからあなたの記憶を和らげるために、医学的には意味のない時間を足します」と伝えてしまえば、効果は薄れるか消える。だから黙ってやることになり、黙ってやる以上、患者は十分な情報のうえで選べていない。結果として自律性の尊重を欠き、パターナリズムに傾く、という指摘です。効く技術であることと、使ってよい技術であることは別、という話でもあります。

個人の生活に持ち帰れば、使い道はもう少し気楽になります。旅行の最終日にいちばんいい食事を置く。長い会議の最後に雑談を挟む。発表の山場を終盤に回す。誰かの記憶をこっそり操作するというより、自分や相手が後で思い出したときの手ざわりを整える作業です。

気をつけたいのは、逆向きにも同じだけ効くことでしょう。楽しかった一日の最後に電車が止まると、その日全体が「疲れた日」として保存される。起きたことの総量は何ひとつ変わっていないのに、です。終わり方は体験そのものを書き換えはしませんが、そのあと何年も参照されるほうの要約を書き換えてしまいます。

参考にした資料

  • Kahneman, D., Fredrickson, B. L., Schreiber, C. A., & Redelmeier, D. A. (1993). When More Pain Is Preferred to Less: Adding a Better End. Psychological Science, 4(6), 401–405.
  • Redelmeier, D. A., & Kahneman, D. (1996). Patients' memories of painful medical treatments: real-time and retrospective evaluations of two minimally invasive procedures. Pain, 66(1), 3–8.
  • Redelmeier, D. A., Katz, J., & Kahneman, D. (2003). Memories of colonoscopy: a randomized trial. Pain, 104(1–2), 187–194.
  • Kemp, S., Burt, C. D. B., & Furneaux, L. (2008). A test of the peak-end rule with extended autobiographical events. Memory & Cognition, 36(1), 132–138.
  • Alaybek, B., Dalal, R. S., Fyffe, S., Aitken, J. A., Zhou, Y., Qu, X., Roman, A., & Baines, J. I. (2022). All's well that ends (and peaks) well? A meta-analysis of the peak-end rule and duration neglect. Organizational Behavior and Human Decision Processes, 170, 104149.
  • Armitage, R. C. (2025). Prolonging Medical Procedures to Exploit the Peak-End Rule: An Ethical Analysis. Journal of Evaluation in Clinical Practice.