何もせず15分座っていてください、と言われた男性の67%が、その最中に自分へ電気ショックを流しました。全員が事前に「お金を払ってでも二度と受けたくない」と答えたショックです。ただしのちに公開データを見直した研究者たちは、押した理由の多くは苦痛ではなく好奇心だった、と指摘しています。
15分で190回。
ある男性の参加者が、自分に電気ショックを流した回数です。数字が飛び抜けすぎていて、この人は分析から外されました。除いたあとの平均は1.47回。それでも、部屋にひとりで座って考えごとをするだけの15分に、多くの人が自分から痛みを足したことに変わりはありません。
「何もしないでください」という実験
2014年、バージニア大学のティモシー・ウィルソンらが『Science』に発表した研究です。11の実験を通して、参加者に6分から15分、部屋でひとりになってもらいました。スマホも本も紙もなし。やることは、自分の考えで自分をもてなすこと、それだけです。
結果は、はかばかしくありませんでした。楽しさの評価が9段階の真ん中以下だった人が約49%、集中が難しかったと答えた人が約57.5%。気が散る材料は何もないのに、89%が「心がさまよった」と報告しています。
そこで研究チームは、10番目の実験で妙な選択肢を差し込みました。参加者42人(男性18人・女性24人)は、考えごとの時間に入る前に電気ショックを一度試し、「5ドルもらえるとしたら、もう一度受けないためにいくら払いますか」と尋ねられています。お金を払うと答えた人だけが実験に残りました。全員が「避けたいもの」と自己申告済みの刺激です。
その部屋で、ボタンを押せば自分にショックを流せる状態にしておく。男性は18人中12人、67%が押しました。女性は24人中6人で25%。回数は多い人で4回でした。
それは「考えごとがつらかった」からなのか
この研究は世界中で「人は考えごとより電気ショックを選ぶ」と紹介されました。ただその年の暮れに、キーラン・フォックスらが公開データを見直したうえで『Frontiers in Psychology』に反論を出しています。
- 42人のうち24人、つまり57%は一度も押していない
- 押した18人のうち14人が、理由として「どんな感じか気になった」「効果に興味があった」といった好奇心を挙げていた。考えごとがつらかったと書いたのは1人だけ
- 9段階の自己評価で、考えごとの時間の楽しさは平均5.21、面白さは4.24。真ん中が5なので、退屈ではあっても嫌悪ではない
フォックスらは比較の相手も問題にしています。ウィルソンらの実験で「外の活動」として用意されていたのは、テレビや動画やゲームなど、参加者が自分で選んだものでした。それより楽しくなかったからといって苦痛だったことにはならない、という指摘は妥当だと思います。
このやりとりのあとに残るのは、「考えることは苦痛だ」という結論ではありません。むしろ「何もない時間を、人は思ったほどうまく使えない」くらいの、地味な事実のほうです。
選んだひとりと、渡されたひとり
では、ひとりの時間には何が起きるのか。
2018年、当時ロチェスター大学にいたグエン・トゥイヴィーとリチャード・ライアン、エドワード・デシは、やはり15分ひとりで座らせる実験を重ねて、はっきりした型を見つけました。ひとりでいると、高ぶった感情が両方向で静まるのです。わくわくや社交的な気分も下がるかわりに、怒りや不安も下がる。そして落ち着きやリラックスといった穏やかな側が上がる。研究者たちはこれを「沈静化(deactivation)」と呼びました。同じ15分でも、誰かがそばにいる条件では起きなかったそうです。
面白いのはその先です。何を考えるかを自分で選べた条件では、ポジティブな高ぶりが落ちませんでした。逆に内容を指定された条件では、そちら側だけが削られた。自分で望んでひとりになった場合はリラックスにつながっています。同じ15分でも、選んだのか渡されたのかで中身が変わるわけです。
1997年にリード・ラーソンが『Child Development』に書いた研究も似た方向を向いています。思春期の子どもは起きている時間の4分の1ほどをひとりで過ごしていて、中学生くらいの年代になると、その時間のあとに気分が上向くようになる。ただし直線ではありません。ひとりの時間が極端に少ない子も、極端に多い子も適応はよくなく、中くらいの子がいちばん良好でした。
部屋にいられない、のではなく
1670年に出た『パンセ』のなかで、パスカルはこう書いています。人間の不幸はただ一つのこと、部屋にじっと休んでいられないことから来る、と。「気晴らし」を論じた断章で、版によって139番だったり136番だったりします。
350年以上たって実験室で確かめられたのは、この一文の全部ではありませんでした。人は部屋にいられないというより、部屋で何をすればいいのかを教わっていない。渡された15分は持て余すのに、自分で選んだ15分は落ち着きに変わる。ボタンを押した人の多くも、逃げたかったのではなく、単に押してみたかった。
ひとりでいられることが強さだとすれば、それはさみしさに耐える力というより、空いた時間を自分の側から使う習慣に近いのだと思います。実験はそのくらいの話をしています。
参考にした資料
- Wilson, T. D., Reinhard, D. A., Westgate, E. C., Gilbert, D. T., Ellerbeck, N., Hahn, C., Brown, C. L., & Shaked, A. (2014)「Just think: The challenges of the disengaged mind」Science 345(6192), 75–77
- Fox, K. C. R., Thompson, E., Andrews-Hanna, J. R., & Christoff, K. (2014)「Is thinking really aversive? A commentary on Wilson et al.'s "Just think: the challenges of the disengaged mind"」Frontiers in Psychology 5, 1427
- Nguyen, T. T., Ryan, R. M., & Deci, E. L. (2018)「Solitude as an Approach to Affective Self-Regulation」Personality and Social Psychology Bulletin 44(1), 92–106
- Larson, R. W. (1997)「The Emergence of Solitude as a Constructive Domain of Experience in Early Adolescence」Child Development 68(1), 80–93
- パスカル『パンセ』(1670年)「気晴らし」の断章
- ロチェスター大学ニュースセンターによるグエンらの研究の解説記事