記憶は覚えた時点では仮置き。眠っている間に本棚へ移される。徹夜は、その引っ越し作業の時間を自分で削る行為。
試験前夜に徹夜した翌朝、覚えたはずの内容がやけに頼りない——という経験は、根性が足りなかったせいではないかもしれません。記憶には、覚えたあとに必要な工程があります。
その日に覚えたことは、まず海馬という部位に置かれます。海馬は容量の小さい一時置き場のようなもので、ここに入っているうちの記憶はまだ不安定です。長く残る記憶にするには、大脳皮質という広い保管場所へ移す必要がある。この移し替えを記憶の固定化と呼び、主に眠っているあいだに進むと考えられています。
眠っている脳は、昼間の再生をしている
深いノンレム睡眠のあいだ、海馬ではリップルと呼ばれる短い高速の脳波が観測されます。動物の実験では、このタイミングで日中に活動したのと同じ神経細胞のパターンが、圧縮された速さで再生されていることが確かめられました。脳が昼間の記録を早送りで見返しているような光景です。
この再生に合わせて大脳皮質側でも活動が起き、両者の対話を通じて記憶が皮質に写し取られていく——というのが、現在の有力な描像です。ノンレム睡眠中の睡眠紡錘波と呼ばれる波が、その受け皿を整えているとも言われます。
ノンレム睡眠とレム睡眠の役割分担については、まだ研究が進行中です。東北大学などのグループは、レム睡眠とノンレム睡眠で脳内の情報の流れる向きが逆転していることを報告しており、両者が別々の仕事を担っている可能性が示されています。「寝れば固定される」と一言でまとめるには、まだ分かっていないことが多い領域です。
削ってはいけない工程
それでも、実務的な結論ははっきりしています。覚える作業と、それを定着させる作業は別物で、後者には睡眠時間が要る。徹夜は前者の時間を確保するために後者を削っているので、差し引きで損をしやすい。
活かし方も単純です。暗記ものは寝る直前にやる。覚えたらスマホを見ずにそのまま寝る。翌朝に軽く見直して、思い出せるか自分を試す。この順番にするだけで、同じ勉強時間の効き方が変わります。
もっとも、これは「一夜漬けが絶対に無駄」という意味ではありません。翌日の試験を乗り切るだけなら、仮置きの状態でも点は取れます。ただしその記憶は、試験の翌週にはたいてい残っていません。何のために覚えるのかで、正解が変わる話です。
参考にした資料
- 田村了以「睡眠と記憶固定 ―海馬と皮質のダイアログ―」(心理学評論)
- 東北大学ほか(2020) レム睡眠とノンレム睡眠で脳内の情報伝達の方向が逆転することを示した研究
- 睡眠中の海馬リップル・睡眠紡錘波と記憶固定化に関する解説