人は自分の作業にかかる時間を短く見積もります。「最悪の場合」を想像してもらっても、まだ足りない。ただし、この歪みはいつでもどこでも同じ向きに出るわけではないことも、後の研究でわかってきました。
1963年1月26日。これはシドニー・オペラハウスが完成するはずだった日です。当初の見積もりは700万オーストラリアドル。実際に完成したのは1973年で、かかった費用は1億200万ドルでした。10年遅れ、費用は14倍です。
もっとも、この手の巨大プロジェクトは政治も利害も絡むので、純粋な見積もりの失敗とは言えません。心理学がおもしろいのは、誰も邪魔していない、自分ひとりの作業でも同じことが起きるという点のほうです。
37人の学生に、自分の卒論の完成日を聞いた
1994年、ロジャー・ビューラー、デール・グリフィン、マイケル・ロスの三人が『ジャーナル・オブ・パーソナリティ・アンド・ソーシャル・サイコロジー』誌に出した論文が、この現象の出発点として引かれます。タイトルの中で「planning fallacy(計画錯誤)」という言葉に引用符が付いているのは、当時まだ確立した用語ではなかったからです。
いちばん有名なのは、卒業論文を書いている心理学専攻の学生37人を追いかけた調査でした。予測の平均は33.9日。実際にかかったのは55.5日。予測どおりの日までに書き上げた人は、3割ほどしかいません。
興味深いのは、彼らが楽観的すぎる自覚を持っていなかったわけではない、という部分です。研究者は「すべてがうまくいかなかったら何日かかるか」も答えてもらっています。その最悪シナリオの平均が48.6日。実際の55.5日に、まだ1週間届いていません。最悪を想像した結果が、現実の平均より短いのです。
別の調査では、確率を指定して答えてもらっています。50%の確率で終わっていると思う日、75%の日、99%の日。それぞれの期日までに終わっていた人の割合は、13%、19%、45%でした。「ほぼ確実」と自分で言い切った日ですら、半分以上が間に合っていません。
知っていても、数字を持っていても、直らない
ダニエル・カーネマンは自著で、自分自身が当事者になった例を書いています。イスラエル教育省向けに判断と意思決定の教科書を作るチームを組み、1年ほど作業した時点で、全員に完成までの見込みを書いてもらった。答えは1年半から2年半に収まりました。
そこで彼は、チームにいたカリキュラム開発の専門家セイモア・フォックスに、似た規模のチームが過去にどれくらいかかったかを尋ねます。返ってきた答えは7年から10年、しかも4割のチームは完成させられずに終わる、というものでした。
外部の実績データが、その場で、専門家の口から共有された。それでもチームは作業を続け、教科書が仕上がったのは8年後でした。カーネマン自身はこれを、自分の計画を内側からしか見ていない状態——「内部視点」——の実例として挙げています。自分の材料、自分のやる気、自分の手元の進み具合は鮮明に見えるのに、同じことをやった他人が平均何年かかったかは、知識として知っていても見積もりに入り込んでこない。
「いつも短く見積もる」わけではない
ここで止めると気持ちのいい話になるのですが、その後の研究はもう少し込み入っています。
2012年、トゥーレ・ハルキェルスヴィークとマグネ・ヨルゲンセンが『サイコロジカル・ブレティン』誌で、作業時間の予測を扱った研究を心理学と工学・経営学の両方から広く集めてレビューしました。そこでの結論は、人が時間を短く見積もるか長く見積もるかについて、分野をまたいだ合意はない、というものです。ソフトウェア開発の工数見積もりのように現場から報告される研究では過小評価が目立つ一方、心理学の実験室で扱われるような短い課題では、平均すると過小にも過大にも偏らない。折り紙からソフトウェア開発まで、というタイトルはそのばらつきを指しています。
向きが反転する条件も知られています。他人の作業にかかる時間を外から予測する場合、人はむしろ長めに見積もる傾向が報告されています。つまり「人間は時間を甘く見る」のではなく、「自分の、これから始める、長めの仕事を甘く見る」と言ったほうが実態に近そうです。締め切りのある個人の仕事はだいたいこの条件に当てはまってしまう、というのが厄介なところですが。
対策として比較的はっきりした結果が出ているのは、作業を分解してから見積もる方法です。2004年にジャスティン・クルーガーとマット・エヴァンスが報告した実験では、課題を細かい手順に書き出してもらってから予測させると、見積もりが長くなりました。ただし、実際にかかった時間は変わっていません。伸びたのは見積もりだけで、それがちょうど現実に近づいた、という結果です。
ネット上でよく見かける「見積もりを1.5倍しておけばいい」という目安には、これといった実験の裏づけがあるわけではありません。ただ、卒論の33.9日と55.5日の比が約1.6であることを思えば、経験則としては悪くない位置にいます。自分の過去の見積もりが実際に何倍だったかを一度だけ記録しておくと、その人専用の係数が出る。どんな一般則よりそちらのほうが当たるはずです。
参考にした資料
- Buehler, R., Griffin, D., & Ross, M. (1994). Exploring the "planning fallacy": Why people underestimate their task completion times. Journal of Personality and Social Psychology, 67(3), 366–381.
- Kahneman, D., & Tversky, A. (1979). Intuitive prediction: Biases and corrective procedures. TIMS Studies in Management Science, 12, 313–327.
- Kahneman, D. (2011). Thinking, Fast and Slow(邦訳『ファスト&スロー』)第23章「外部情報の法則」
- Halkjelsvik, T., & Jørgensen, M. (2012). From origami to software development: A review of studies on judgment-based predictions of performance time. Psychological Bulletin, 138(2), 238–271.
- Kruger, J., & Evans, M. (2004). If you don't want to be late, enumerate: Unpacking reduces the planning fallacy. Journal of Experimental Social Psychology, 40(5), 586–598.
- シドニー・オペラハウスの工期と費用については、オーストラリア国立博物館(National Museum of Australia)およびABC News(豪)の記事を参照しました。