作業を切り替えるたびに、頭の準備にわずかな時間がかかる。これは何十年も確かめられてきた事実です。ただ、「マルチタスクで生産性が4割落ちる」という有名な数字は、実験で測った値ではなく、研究者の発言として広まった見積もりでした。

紙とペンがあれば、30秒でできる実験があります。

まず「あいうえおかきくけこ」と書き、続けて「1 2 3 4 5 6 7 8 9 10」と書く。かかった時間を測っておきます。次に、同じ中身を交互に書きます。「あ 1 い 2 う 3 ……」。書く文字の数はまったく同じなのに、たいていの人は2回目のほうが目に見えて遅く、途中で一度は手が止まります。

止まった一瞬のあいだに、頭の中では「次はひらがなの番、どこまで書いたっけ」という確認が走っています。心理学ではこれを切り替えコスト(switch cost)と呼びます。

数学の問題と図形の分類を、行ったり来たり

この現象を丁寧に測った研究としてよく挙げられるのが、ミシガン大学のデイヴィッド・マイヤーとジェフリー・エヴァンス、アメリカ連邦航空局のジョシュア・ルビンスタインによる2001年の論文です。『Journal of Experimental Psychology: Human Perception and Performance』27巻に載り、4つの実験で若い成人に、計算問題や幾何学図形の分類といった課題を行き来してもらいました。

分かったことは3つあります。切り替えると、毎回同じ課題を続けるより確実に遅くなる。課題が複雑なほど、その遅れは大きくなる。そして慣れていない課題に切り替えるときほど、損が増える。

著者たちはこの遅れを2段階で説明しました。まず「いまから別の作業をする」と目標を入れ替える段階。次に、その作業のルールを頭に呼び出す段階です。後者だけでも10分の数秒かかる、と大学の発表資料は書いています。

10分の数秒は短く聞こえます。マイヤー自身が発表のときに持ち出したのは車の運転でした。携帯電話で話しながら運転している人にとって、0.5秒の遅れは、止まれるか止まれないかの差になりうる、と。

「4割」はどこから来たのか

動画版でも紹介した「最大4割のロス」という数字は、日本語でも英語でも、この論文の結果としてよく引用されています。

出どころをたどると、アメリカ心理学会(APA)のサイトにある解説ページに行き着きます。そこでは、課題の切り替えで生じる短い空白が「人の生産的な時間の40%にも達しうる」とマイヤーが述べた、と紹介されています。つまりこれは、論文の実験で測られた値ではなく、研究者が現実の仕事に当てはめた見積もりです。実験室で1秒に満たない遅れを測ることと、一日の仕事の何割が失われるかを言い切ることのあいだには、かなりの距離があります。

切り替えに損があること自体は、ほかの多くの研究とも一致していて、疑う理由は薄いと言われています。揺らぐのは「何割」という大きさのほうです。

「ながら族ほど下手」は再現されたか

もう一つ、よく一緒に語られる研究があります。2009年、スタンフォード大学のエヤル・オフィル、クリフォード・ナス、アンソニー・ワグナーが『米国科学アカデミー紀要(PNAS)』に発表した論文です。ふだんからテレビを見ながらメッセージを打つような「ヘビー・メディア・マルチタスカー」19人と、そうでない22人を比べたところ、前者のほうが気の散るものに引っぱられやすく、課題の切り替えでもかえって遅かった、という結果でした。

直感にぴったり合う話で、広く報道されました。ただ、その後の検証は割れています。オランダ・フローニンゲン大学のウィスヌ・ウィラドハニーとマルク・ニューウェンシュタインは2017年、同じ方法で2回の追試を行い、既存の研究とあわせてメタ分析をしました。14の検定のうち予想どおりの差が出たのは5つで、より慎重な分析に耐えたのは2つ。39の効果量をまとめると関連は弱く、小規模な研究ほど大きな効果が出やすい偏りを補正すると、有意ではなくなりました。

逆向きの話もあります。ユタ大学のジェイソン・ワトソンとデイヴィッド・ストレイヤーが2010年に200人を運転シミュレーターで調べたところ、運転しながら難しい記憶課題をこなしても成績がまったく落ちない人が2.5%、つまり5人いました。二人は彼らを「スーパータスカー」と呼んでいます。裏を返せば、残りのほとんどの人は、同時にやると両方の成績が落ちたということでもあります。

冒頭の「あ 1 い 2」で手が止まった人は、少なくとも多数派の側にいます。数字の大小はともかく、切り替えるたびに小さな支払いをしている、という感覚だけは、持っておいて損はなさそうです。

参考にした資料

  • Rubinstein, J. S., Meyer, D. E., & Evans, J. E. (2001). Executive control of cognitive processes in task switching. Journal of Experimental Psychology: Human Perception and Performance, 27(4), 763–797.
  • American Psychological Association「Multitasking: Switching costs」(https://www.apa.org/topics/research/multitasking)
  • ミシガン大学の2001年8月の発表資料「Is Multitasking More Efficient?」(Newswise掲載)
  • Ophir, E., Nass, C., & Wagner, A. D. (2009). Cognitive control in media multitaskers. PNAS, 106(37), 15583–15587.
  • Wiradhany, W., & Nieuwenstein, M. R. (2017). Cognitive control in media multitaskers: Two replication studies and a meta-analysis. Attention, Perception, & Psychophysics, 79(8), 2620–2641.
  • Watson, J. M., & Strayer, D. L. (2010). Supertaskers: Profiles in extraordinary multitasking ability. Psychonomic Bulletin & Review, 17(4), 479–485.