騒がしい場所で自分の名前だけ聞こえる現象を実験室で測ると、気づく人は約3割にとどまります。2001年の研究では、気づいたのは作業記憶の容量が小さいグループのほう(65%)で、容量が大きいグループは20%でした。名前に反応できるのは、注意が優秀だからではなく、遮断しきれなかったからでした。

自分の名前は、たぶん一生でいちばん多く聞かされる言葉です。だからでしょうか、居酒屋の隣の席や駅の雑踏で、自分の名前が飛び込んできてハッとした経験は、多くの人が持っています。脳がちゃんと見張ってくれている証拠のように思えます。

ところが実験室でこれを測ると、気づく人は3割ほどしかいません。しかも、気づいた人と気づかなかった人の差は、思っているのと逆向きでした。

片耳を捨てさせる装置

出発点は1953年、ロンドン大学のコリン・チェリーの実験です。ヘッドホンで左右の耳に別々の話を流し、片方の耳の言葉だけを声に出して復唱させ続ける。シャドーイングと呼ばれる、これがかなりしんどい課題です。

終わってから、無視していたほうの耳に何が流れていたか尋ねると、答えられるのは声が男か女か、言葉なのか音なのか、といった表面的なことだけでした。意味はほとんど残っていない。ここからブロードベントが1958年、余計な情報は意味を処理される前にふるい落とされる、というモデルを立てます。

そのふるいに穴を開けたのが1959年、ネヴィル・モレイでした。無視するほうの音声に、その人自身の名前をこっそり紛れ込ませてみたのです。名前は届きました。ただし、届いたのは33%の参加者にだけです。1995年にウッドとコーワンが機材を新しくして追試すると34.6%。2021年にレーアとコーワンが事前登録つきでやり直しても29%でした。研究をまたいで、おおむね3割前後で安定しています。

つまり、7割は自分の名前を素通りさせています。この時点で「名前だけは必ず聞こえる」という言い方は少し盛りすぎです。

気づいた人は、何が違ったのか

では残りの3割は何者なのか。2001年、イリノイ大学シカゴ校のアンドリュー・コンウェイ、ミズーリ大学のネルソン・コーワンらが、40人を対象に調べています。

彼らはまず、計算問題を解きながら単語を覚えていく課題で参加者の作業記憶の容量を測り、上位と下位に分かれた人だけを集めました。平均点は上位24.85、下位8.22。ずいぶん離れた二群です。

そのうえで、モレイと同じ手順で名前を仕込みました。結果は、上位グループで20%、下位グループで65%。自分の名前に気づいたのは、作業記憶の小さいほうでした。

研究チームは実験前、逆もありうると考えていました。余裕のある人ほど、復唱をこなしながら反対側の耳も見張れるのではないか、という筋書きです。そうはなりませんでした。名前が流れた瞬間の復唱ミスも下位グループのほうが多く、全体のミス数でも下位20.88回に対し上位10.00回。名前は集中を破ったのであって、集中の中に迎え入れられたのではありませんでした。

ただし、破られていた時間は短かったようです。名前の直後の2語では復唱ミスが跳ね上がりますが、3語目にはもう差が消えています。数秒で戻ってくる。だから本人は「名前が聞こえた」としか記憶していません。

もうひとつ、名前が特別なのは確かめられています。2021年の追試では、文脈から外れた予想外の単語も混ぜてありましたが、それに気づいたと報告した人は80人中1人だけで、その人もどの単語だったか言えませんでした。ただ珍しい音だから引っかかるわけではない、ということになります。

「名前で呼ぶと好かれる」のほうは

ここから先、雑学として語られるときによく付いてくるのが「だから会話では相手の名前を呼ぶといい」という助言です。デール・カーネギーが1936年の『人を動かす』で、名前はその人にとっていちばん心地よい響きだ、と書いて以来の定番でもあります。

実験がないわけではありません。1995年、サザンメソジスト大学のダニエル・ハワードらは、初回授業で自己紹介をさせた学生を翌日ひとりずつ研究室に呼び、「名前を思い出してみせる」条件と「思い出せないふりをする」条件などに分けたうえで、最後に教会のバザーのクッキーを勧めました。名前を当てられた学生は90%が買い、そうでない学生は55%でした。

数字は派手ですが、分析対象は28人です。しかも3条件をそのまま比べた検定では有意になっておらず、対照の2条件をひとまとめにして初めて差が出ています。効いていたのも「名前を呼んだこと」ではなく「覚えていてくれたこと」のほう——研究チーム自身、それが褒め言葉として受け取られたからだと説明しています。名前をやたら連呼する営業トークの根拠にはなりません。

ついでに言えば、「カクテルパーティー効果」という言葉は二つの別々のものに使われています。ざわめきの中から目の前の相手の声を分離して聞き取る能力のほうは、頑健に確かめられている現象です。怪しくなるのは、無視しているはずのチャンネルから自分の名前だけが抜けてくる、という話のほう。同じ名前で呼ばれているせいで、前者の確かさが後者に貸し出されている面はありそうです。

自分の名前に反応してしまうのは、脳が優秀だからではなく、そこだけ塞げなかったからでした。会議中に名前を呼ばれてハッとするあの感じを、少し違う顔で思い出せるようになります。

参考にした資料

  • E. Colin Cherry「Some Experiments on the Recognition of Speech, with One and with Two Ears」1953年、『Journal of the Acoustical Society of America』25巻 975–979頁
  • Neville Moray「Attention in Dichotic Listening: Affective Cues and the Influence of Instructions」1959年、『Quarterly Journal of Experimental Psychology』11巻 56–60頁
  • Noelle L. Wood, Nelson Cowan「The Cocktail Party Phenomenon Revisited: Attention and Memory in the Classic Selective Listening Procedure of Cherry (1953)」1995年、『Journal of Experimental Psychology: Learning, Memory, and Cognition』21巻 255–260頁
  • Andrew R. A. Conway, Nelson Cowan, Michael F. Bunting「The Cocktail Party Phenomenon Revisited: The Importance of Working Memory Capacity」2001年、『Psychonomic Bulletin & Review』8巻2号 331–335頁
  • Jan P. Röer, Nelson Cowan「A Preregistered Replication and Extension of the Cocktail Party Phenomenon: One's Name Captures Attention, Unexpected Words Do Not」2021年、『Journal of Experimental Psychology: Learning, Memory, and Cognition』47巻2号 234–250頁
  • Daniel J. Howard, Charles Gengler, Ambuj Jain「What's in a Name? A Complimentary Means of Persuasion」1995年、『Journal of Consumer Research』22巻 200–211頁
  • ブロードベントのフィルター説の位置づけは Donald E. Broadbent『Perception and Communication』(1958年) およびコンウェイら(2001年)の整理による