シャワー中にひらめく現象の根拠とされた2012年の実験は、その後、同じ課題を使った複数の研究で再現しませんでした。2022年に出てきた説明は「実験に使った作業が退屈すぎた」というもの。洗濯物をたたむ動画では効かず、『恋人たちの予感』の場面では効いていました。

ニューハンプシャー大学の実験室で、参加者は3分間、男性二人が洗濯物をたたんでいるだけの動画を見せられました。別のグループが見たのは『恋人たちの予感』(1989年)の、メグ・ライアン演じるサリーがレストランで大騒ぎするあの場面です。動画の前後で出してもらうのは、レンガかクリップの変わった使い道。ふざけた実験に見えますが、確かめようとしていたのは、10年前に世界中で紹介された結果が本当なのかどうかでした。

シャワーで72%、と言われている数字の出どころ

「いいアイデアはシャワー中に浮かぶ」という話には、よく72%という数字が添えられます。2014年に8カ国4,000人へ行われた調査で、シャワー中に新しい考えが浮かんだ経験がある人が72%、アイデアを出すためだけに浴びることがある人が14%、という結果でした。

ただ、委託したのはドイツのシャワー器具メーカー、ハンスグローエです。販促を兼ねた調査で、聞いているのは本人の記憶。風呂場でひらめいた回数は覚えていても、机の前でひらめいた回数は数えていない——偏りが入る余地は十分にあります。

2012年、12分間の単純作業

実験室のほうの根拠は、2012年にカリフォルニア大学サンタバーバラ校のベンジャミン・ベアードとジョナサン・スクーラーらが『Psychological Science』に出した論文でした。

参加者はまず、日用品の変わった使い道をできるだけ挙げる課題(Unusual Uses Task)に取り組みます。そのあと12分の空き時間を、四つのうちどれかで過ごしました。数字にほとんど頭を使わず反応する「0バック課題」、記憶を使い続ける「1バック課題」、ただ休む、休憩なし。

いちばん成績が伸びたのは0バック課題のグループでした。何もせず休んだ人より、頭がぼんやりしていられる軽作業のほうがよかった。ここまでが有名な部分です。

あまり紹介されないのは次の一行です。伸びたのは、休憩の前にすでに考えていた問題だけでした。休憩後に初めて出された新しい問題では、どのグループも差がありません。つまりこの実験が示したのは「ぼんやりすると発想力が上がる」ではなく、「すでに頭に入れた問題は、離れているあいだにも進んでいるらしい」ということでした。

同じ課題で、三つの研究が空振りした

2016年、スミーケンズとケインが同じ枠組みで調べたところ、空き時間に心がさまよった量と、そのあとの発想課題の成績に相関は出ませんでした。2021年にはシュタインドルフらとマレーらが、ベアードらとまったく同じ0バック課題で追試しています。どちらも、軽作業の休憩が成績を上げる効果を見つけられませんでした。2025年の研究も、マインドワンダリングの効果は「限定的で状況次第」と結論づけています。

ややこしいのは、「休憩そのものは効く」ほうの証拠が残っている点です。2009年にシオとオーマロッドが約100件の実験をまとめたメタ分析では、問題から離れる時間を挟むと成績が上がる効果は確かに認められ、なかでも発想系の課題で大きく出ていました。怪しくなったのは休憩の効果ではなく、「ぼんやりしていること」がその中身だ、という説明のほうです。

退屈すぎたのかもしれない

冒頭の洗濯物の動画は、そこへの返答でした。ザック・アーヴィング(バージニア大学)とケイトリン・ミルズ(ミネソタ大学)らが2022年に『Psychology of Aesthetics, Creativity, and the Arts』で報告した研究です。

彼らの見立てはこうです。実験室で使われてきた0バック課題は、退屈すぎた。何の手がかりもない場所で心をさまよわせても、思考は散らばるだけで、使えるところに着地しない。ひらめきに要るのは、まとまりすぎない程度にはまとまった思考ではないか。

実際、結果は分かれました。心がさまよったぶんだけアイデアが増えたのは、『恋人たちの予感』を見ていたグループのほうです。洗濯物の動画のグループでは、アイデアの数自体は出たものの、それは心がさまよった量とは関係していませんでした。

シャワーが真っ白な壁を見つめる時間ではないことを思うと、これは腑に落ちます。湯の音、温度、手の動き——完全な無ではないけれど、注意を全部は持っていかれない。散歩も皿洗いも、たぶん同じ帯にいます。

なお、心がさまようときに脳のデフォルトモードネットワークが活発になること自体は繰り返し観察されていますが、その活動がひらめきを生んでいるかどうかまでは確かめられたと言えません。相関と因果は別の話です。

煮詰まったら離れる。この助言はいまのところ支持されています。ただし効かせ方は「完全にぼーっとする」ではなく、手はゆるく動かしつつ頭は空けておくほう。そして離れる前に、問題をちゃんと頭に入れておくこと。2012年の実験が本当に見つけたのは、たぶんそこでした。

参考にした資料

  • Benjamin Baird, Jonathan Smallwood, Michael D. Mrazek, Julia W. Y. Kam, Michael S. Franklin, Jonathan W. Schooler「Inspired by Distraction: Mind Wandering Facilitates Creative Incubation」2012年、『Psychological Science』23巻10号 1117–1122頁
  • Zachary C. Irving, Caitlin Mills ほか「The Shower Effect: Mind Wandering Facilitates Creative Incubation During Moderately Engaging Activities」2022年、『Psychology of Aesthetics, Creativity, and the Arts』
  • Steven J. Smeekens, Michael J. Kane「Working Memory Capacity, Mind Wandering, and Creative Cognition」2016年、『Psychology of Aesthetics, Creativity, and the Arts』
  • Ut Na Sio, Thomas C. Ormerod「Does Incubation Enhance Problem Solving? A Meta-Analytic Review」2009年、『Psychological Bulletin』135巻1号 94–120頁
  • 追試の記述は Steindorf ほか(2021年)および Murray ほか(2021年)、ならびに2025年『Brain Sciences』15巻6号のレビューによる整理を参照しました
  • ハンスグローエ委託調査(2014年、8カ国4,000人)の数値はPlumbing & Mechanical誌ほかの報道記事、2022年研究の実験内容はバージニア大学ニュースの解説記事で確認しました