1人で63キロ引ける人が8人集まっても、綱にかかる力は248キロ。1人あたりに直すと49%まで落ちる。ただし測った本人は、これを「手抜き」とは呼んでいない。
19世紀の終わり、フランス西部のグラン=ジュアン農業学校に、馬と牛の力をひたすら測っている技師がいました。マクシミリアン・リンゲルマン。専門は農業機械で、彼の関心は「馬を2頭つなげば、荷車を引く力はちょうど2倍になるのか」という、きわめて実務的なものでした。当時の農場にとっては経営に直結する問いです。
彼はその測定対象に、人間も加えました。学校の男子学生に、計器につないだ綱を引かせたのです。1913年に発表した報告のタイトルは「生きた原動機についての研究——人間の労働」。人間は、馬や牛と並ぶ動力源のひとつとして測られました。
248キロという数字
1人で引いたとき、平均およそ63キロ。ここから人数を増やしていきます。
- 2人 → 118キロ(単純に足せば126キロのはず)
- 3人 → 160キロ(同189キロ)
- 8人 → 248キロ(同504キロ)
8人になると、期待値の半分ほどしか出ていません。1人あたりの力に直すと、2人で93%、3人で85%、8人で49%。人数が増えるほど、1人が出す力は静かに削られていきます。
この現象は後にリンゲルマン効果と呼ばれ、いまでは「人数が増えると人はサボる」という話として紹介されます。ただ、リンゲルマン自身の説明は少し違うところを向いていました。
本人は「サボり」と書いていない
彼が主な原因として挙げたのは、協調のロスです。8人が同時に、全員の最大の力を出す瞬間というのはまず訪れません。誰かが引き始めたときに誰かは息を吸っている。機械の技師らしい、力学的な見立てです。動機づけの問題にも触れてはいますが、主犯扱いはしていません。
この研究には、もうひとつ妙な事情があります。1913年の報告は、長いあいだ誰も原典を読まないまま引用されていました。心理学の世界には1920年代のドイツ語の紹介を経由して伝わり、以降は又聞きが積み重なります。原典を探し出して中身を報告したのは、デイヴィッド・クラヴィッツとバーバラ・マーティンの1986年の論文。73年ぶりの答え合わせで確認されたのは、この綱引きがリンゲルマンにとって副次的な関心にすぎなかった、ということでした。
では「サボり」のほうは誰が確かめたのか。1974年、アラン・イングハムらが仕掛けを作ります。参加者に目隠しをして綱を引かせ、「後ろに何人かいる」と信じ込ませる。ただし後ろのサクラは引くふりをするだけで、力は加えません。協調のロスが起きようがない状況です。
それでも力は落ちました。2人だと思っているときで単独の約90%、6人だと思っているときで約85%。息が合わないのとは別に、頭数を意識するだけで出力が下がるものがある、と示されたわけです。1979年にはビブ・ラタネらが大声や拍手の課題で同じことを確かめ、社会的手抜き(social loafing)と名付けています。6人で叫ぶと、1人あたりは4割ほどでした。
どのくらい確かな話か
1993年にスティーヴン・カローとキプリング・ウィリアムズが78本の研究、延べ1万5千人以上を集計したところ、効果量はd=-0.44。中程度の大きさで、向きは安定していました。社会心理学の効果としては頑丈な部類に入ります。
ただし同じ集計で、条件による振れ幅が大きいことも示されました。1人ひとりの貢献が見えるとき、課題そのものに意味を感じているとき、仲間が手を抜かないと思えているとき。こうした場面では効果は小さくなり、消えることもあります。文化差も出ていて、集団への帰属を重んじる社会では手抜きが起きにくいと報告されています。
逆に、人がいると粘る人たち
ここまでとまったく逆向きの記録もあります。
1926年、ベルリンのボートクラブで、オットー・ケーラーという研究者が44キロのバーベルを疲れ果てるまで持ち上げさせる実験をしました。1人でやる場合と、2人・3人で組んで重さを人数分にする場合を比べます。すると、組んだときのほうが、力の弱いほうのメンバーが1人のときより長く粘ったのです。
鍵は課題の形でした。この組み方では、弱いほうが力尽きた瞬間に全体が終わります。リンゲルマンの学生たちは、綱にかかった248キロのうち何キロが自分の分なのか知りようがありませんでした。ボートの選手は、自分が最後の一押しであることを知っていた。
このケーラー効果も60年ほど忘れられ、1989年にエーリヒ・ヴィッテが「反リンゲルマン効果」と呼び直したことで研究が再開しました。ただし細部まで再現できているわけではなく、ケーラーが報告した「能力差が中くらいのペアでいちばん伸びる」という部分は、近年の追試で確認できていないと言われています。
人数を増やすと力が減るのも、増えるのも、どちらも起こる。分かれ目は人数そのものではなく、その場が1人ひとりに何を返しているかのほうにあるようです。
余談ですが、リンゲルマンの名前は心理学以外にも残っています。煙突の煙の濃さを白黒の格子模様と見比べて5段階で判定する「リンゲルマン濃度表」。1888年の考案で、いまも使われています。馬の力も、人の力も、煙の濃さも、測って数字にしないと気が済まない人だったようです。
参考にした資料
- Ringelmann, M. (1913)「Recherches sur les moteurs animés: Travail de l'homme」Annales de l'Institut National Agronomique 第2シリーズ 12巻, 1–40
- Kravitz, D. A., & Martin, B. (1986)「Ringelmann rediscovered: The original article」Journal of Personality and Social Psychology 50(5), 936–941
- Ingham, A. G., Levinger, G., Graves, J., & Peckham, V. (1974)「The Ringelmann effect: Studies of group size and group performance」Journal of Experimental Social Psychology 10(4)
- Latané, B., Williams, K., & Harkins, S. (1979)「Many hands make light the work: The causes and consequences of social loafing」Journal of Personality and Social Psychology 37(6), 822–832
- Karau, S. J., & Williams, K. D. (1993)「Social loafing: A meta-analytic review and theoretical integration」Journal of Personality and Social Psychology 65(4), 681–706
- Witte, E. H. (1989)「Köhler rediscovered: The anti-Ringelmann effect」European Journal of Social Psychology 19(2)
- Max Ringelmann / Ringelmann scale(英語版Wikipedia、経歴と煙濃度表について)