1964年、教師に「これから伸びる子」の名簿が配られました。中身はランダムです。名簿の子はその年、本当にIQを伸ばしました——ただし1年生と2年生だけが。3年生以上ではほとんど差が出ていません。
「期待すると人は伸びる」の根拠として引かれる実験の数字を、学年ごとに並べていくと、途中で妙なことになります。上のほうは劇的で、下に行くほど平坦になり、最後にはほとんど何も起きていない。この落差が、その後60年の議論をほぼ全部つくりました。
名簿はランダムだった
1964年の秋、サンフランシスコ南部のスプルース小学校(論文では「オーク小学校」と呼ばれています)で、全校児童に知能テストが行われました。使われたのはフラナガンの一般能力テスト(TOGA)という既製のテストです。ただし教師には、「ハーバード式屈折伸長テスト」という架空の名前で紹介されました。これから一年のあいだに知能が急に伸びる子を見つけられる、新しい検査だという触れ込みです。
しばらくして、担任のもとにその「伸びる子」の名前が届きます。各クラスの約20%。教師は、この子たちが今年伸びると信じました。
もちろん名簿は乱数表で作られていて、テストの点とは何の関係もありません。研究者のロバート・ローゼンタールとレノア・ジェイコブソンが確かめたかったのは、子どもの能力ではなく、教師の頭のなかにある期待が、それ自体で結果を変えてしまうかどうかでした。
一年後、同じテストがもう一度行われます。名簿に載っていた子の平均IQの伸びは約12点、載っていなかった子は約8点。差は4点ほどですが、方向としては予想どおりでした。1968年に『Pygmalion in the Classroom』としてまとめられ、ピグマリオン効果という名前がつきます。
学年で割ると、話が変わる
問題は、この4点が学年に均等にばらまかれていなかったことです。
- 1年生:名簿の子が27.4点、そうでない子が12.0点(差15.4点)
- 2年生:16.5点と7.0点(差9.5点)
- 3〜6年生:差はほぼゼロ、学年によっては名簿でない子のほうが伸びている
つまり全校の「4点」は、6歳から8歳の教室で起きたことを6学年で薄めた数字でした。それより上の学年では、期待は何もしていません。
ここには測定の問題も重なります。統計と教育測定の専門家だったロバート・ソーンダイクは、発表直後に厳しい批判を書きました。ある1年生クラスの事前テストの推論IQの平均が、当時の分類でいう知的障害の範囲に入っていたというのです。TOGAは低学年の子に対して床が高く、実力より極端に低い点が出てしまう。極端に低い点は、二度目に測れば自然に平均のほうへ戻ります。彼は「時計が13回鳴ったら、疑わしいのは13回目だけではない」と書いています。
1971年、ジャネット・エラショフとリチャード・スノウが生データを再解析すると、あの派手な差は一部の子の極端な点の動きに支えられていることが分かりました。ローゼンタールは、最初の点に問題があっても伸びが実在することは変わらないと反論しています。
追試の結果は、成功と失敗が入り混じります。1984年、スティーヴン・ラウデンブッシュが期待を実験的に操作した18件をまとめると、平均効果量はd≈0.11。ごく小さい値です。ただし、教師が子どもと会って2週間未満で名簿を渡した実験に限るとd≈0.32まで上がり、それ以上つきあってから渡すと、ほぼゼロになりました。相手をまだ知らないうちにしか、期待は像を結ばないわけです。
大人の職場では、もう少し強い——条件つきで
教室での旗色が悪くなる一方、この効果が息を吹き返したのは職場でした。テルアビブ大学のドヴ・エデンは、イスラエル国防軍の訓練部隊で同じ構造の実験を繰り返します。指揮官に「この班は素質が高い」と伝えるだけで、班の成績が実際に上がる。2000年に出た二つのメタ分析では、平均効果量はd=0.81(キーレイン&ゴールド)とd=1.13(マクナット)で、教室の0.11とは桁が違います。
ただし、この数字には但し書きがあります。効果が大きかったのは軍隊、しかも男性が対象の研究でした。エデン自身が女性の士官候補生と女性の教官で行った実験では、期待を高めることには成功したのに、成績にも媒介要因にも、何の変化も出ていません。
もうひとつ、リー・ジャシムとケント・ハーバーが2005年に35年ぶんの研究を総括したときの指摘が効きます。教師の期待は確かに生徒の成績を予測する。でもそれは期待が現実を作ったからというより、期待がもともと正確だったからではないか、というものです。自己成就予言は起きるけれど、小さく、壊れやすく、長続きしない。ただし、偏見の対象になっている集団の子どもには、選択的に強く出ることがある——彼らはそう結論しています。
「期待すれば伸びる」は嘘ではないけれど、宣伝されているほど万能でもない、という位置に落ち着きます。効きやすいのは相手をまだよく知らない最初の時期で、効きにくいのはすでに評価が固まった相手。そして期待そのものより、期待した結果として何をするか——声をかける回数、任せる範囲、待つ時間——のほうが実体です。新しく入ってきた人に対する最初の2週間だけは、ローゼンタールの言うとおりにしておいて損はなさそうです。
参考にした資料
- Rosenthal, R., & Jacobson, L. (1968) Pygmalion in the Classroom: Teacher Expectation and Pupils' Intellectual Development, Holt, Rinehart & Winston
- Thorndike, R. L. (1968) 書評, American Educational Research Journal
- Elashoff, J. D., & Snow, R. E. (1971) Pygmalion Reconsidered
- Raudenbush, S. W. (1984) "Magnitude of teacher expectancy effects on pupil IQ as a function of the credibility of expectancy induction", Journal of Educational Psychology
- Kierein, N. M., & Gold, M. A. (2000) "Pygmalion in work organizations", Journal of Organizational Behavior / McNatt, D. B. (2000) "Ancient Pygmalion joins contemporary management", Journal of Applied Psychology
- Eden, D. ほか 女性を対象としたピグマリオン実験(自己成就予言とジェンダーに関する報告)
- Jussim, L., & Harber, K. D. (2005) "Teacher expectations and self-fulfilling prophecies: Knowns and unknowns, resolved and unresolved controversies", Personality and Social Psychology Review
- Discover Magazine「Being Honest About the Pygmalion Effect」ほか、実験の経緯に関する解説記事