「何をしても無駄」を学習してしまう——学習性無力感は50年ものあいだ、そう説明されてきました。ところが2016年、提唱者のマイヤーとセリグマン自身が、順序が逆だったと書いています。学習されていたのは無力感ではなく、コントロールのほうでした。

心理学の説が否定されるとき、たいていは別のグループが追試に失敗して、という筋書きになります。学習性無力感はそうではありませんでした。2016年、『Psychological Review』に「学習性無力感、50年」と題した論文が載ります。書いたのは、1967年にこの現象を報告した当人であるスティーブン・マイヤーとマーティン・セリグマンの二人です。中身は、自分たちの説明の半分は間違っていた、という報告でした。

1967年、犬は逃げ方を学ばなかった

もとの実験は、いま読むとかなり厳しいものです。ペンシルベニア大学の二人は犬を3つの群に分けました。電気ショックを自分で止められる群、まったく同じ長さ・同じ強さのショックを受けるけれど自分では止められない群、そしてショックを受けない群。二つめの群は一つめの群と時間まで対にしてあり、違うのは「自分の行動で終わらせられるかどうか」だけです。

次の日、犬たちは低い仕切りのある箱に入れられます。片側から反対側へ跳び越えれば、ショックは止まる。止められる経験をした犬とショックを受けなかった犬は、数秒で跳びました。止められない経験をした犬の多くは、跳びませんでした。ただ伏せて、そのまま受けていた。逃げ道はあるのに、試そうとしない。

現在の倫理基準では同じ実験は通りません。ただ、当時としては効果がはっきりしすぎるほどはっきり出た。1974年にはドナルド・ヒロトが、電気ショックのかわりに不快な騒音を使って人間の学生でも同じ形の結果を報告し、翌年のセリグマンとの共同研究で、この落ち込みが場面をまたいで持ち越されることが示されます。

もっとも、全員が無力になったわけではありません。セリグマンは後年の一般向けの著書で、無力にしようとしても最後までならなかった人が3人に1人ほどいた、と書いています。これは論文の統計というより回顧としての数字ですが、彼の関心がそこから「ならなかった側」へ移り、のちの楽観主義の研究につながっていきます。1978年にはエイブラムソン、セリグマン、ティーズデールが、人間の場合は出来事そのものより「自分のせいか」「いつもそうなのか」といった原因の説明の仕方が効いている、と理論を組み直しました。

50年後、「順序が逆だった」

ここまでが教科書に載っている話です。2016年の論文がひっくり返したのは、その土台のほうでした。

神経科学の側から見ると、避けられないストレスにさらされた動物の脳では、脳幹の背側縫線核という部位のセロトニン細胞が強く活動します。この活動が、動けなくなる状態をつくる。そしてこれは、経験によって学習されて出てくるものではなく、長く続く嫌な出来事に対する哺乳類の初期設定でした。何もしなくても、放っておけばそうなる。

では自分で止められた群の犬は、何をしていたのか。彼らの内側前頭前野が「この状況は自分の行動で変えられる」と検出し、その信号が背側縫線核の暴走を抑えていた。つまり学習されていたのは無力感ではなく、コントロールの側だったことになります。無力は学ぶまでもない初期値で、学習が必要なのは「効く」ほうだった、という順序です。

この読み替えには続きがあります。先に「自分で止められる」経験をしておいた動物は、あとから止められないストレスを与えられても無力になりにくい。マイヤーはこれを行動免疫と呼んでいます。しかも、その効果はかなり長持ちする。前頭前野の働きを一時的に止めると免疫は成立しないので、効いているのは経験そのものというより、経験がつくった「効くはずだ」という検出器のほうだと考えられています。

職場の話に戻すと、処方箋の順番が変わる

古い説明でこの現象を職場に当てはめると、「提案が却下され続けると無力感を学習する」となり、対策は「小さな成功体験を積ませる」でした。悪くはないのですが、順序が逆だと考えると、力点が少し動きます。

小さな成功体験は、無力感を上書きするために事後的に与えるものではなく、そもそも先に配っておくものになる。しかも重要なのは成果の大きさではなく、「自分の判断が結果に反映された」と本人が検出できるかどうかです。ここは決めていい、と範囲を渡すほうが、大きな仕事を任せて結果だけ褒めるより理屈に合います。却下するにしても、なぜ通らなかったかが分かれば「効き方」の情報は残りますが、理由なく戻ってくる決裁が続くと、その検出器のほうが働かなくなる。

もっとも、これは動物実験と神経回路の話を人間の組織に持ち出した比喩でもあります。犬の背側縫線核と、金曜の夕方に差し戻された企画書のあいだには、まだ相当な距離があります。それでも、50年かけて分かったのが「無気力は放っておけば起きる初期状態で、意欲のほうが条件つきで維持されている」だとすれば、やる気が出ない人を責める話にはなりにくい。維持のコストを誰が払うか、という話になります。

なお、うつ状態が長く続いている場合は、この枠組みで自己解決しようとせず、医療の専門家に相談してください。

参考にした資料

  • Seligman, M. E. P., & Maier, S. F. (1967) "Failure to escape traumatic shock", Journal of Experimental Psychology
  • Hiroto, D. S. (1974) "Locus of control and learned helplessness", Journal of Experimental Psychology / Hiroto, D. S., & Seligman, M. E. P. (1975) "Generality of learned helplessness in man", Journal of Personality and Social Psychology
  • Abramson, L. Y., Seligman, M. E. P., & Teasdale, J. D. (1978) "Learned helplessness in humans: Critique and reformulation", Journal of Abnormal Psychology
  • Maier, S. F., & Seligman, M. E. P. (2016) "Learned helplessness at fifty: Insights from neuroscience", Psychological Review
  • Maier, S. F. et al. (2006) 内側前頭前野と行動免疫に関する報告, The Journal of Neuroscience
  • Seligman, M. E. P.『オプティミストはなぜ成功するか』(原題 Learned Optimism, 1991) — 「3人に1人」の記述