4人で決めたのに、4人とも行きたくなかった。1974年にジェリー・ハーヴェイが書いた「アビリーンのパラドックス」です。業績の悪い会社の社外取締役ほど、自分と同じ懸念を同僚も抱いていることに気づけない、という調査もあります。
4人で決めたのに、4人とも反対だった。多数決を取っていれば0対4です。それでも一家は車に乗り、往復106マイルを走りました。
104度の午後、53マイル先のカフェテリア
テキサス州コールマン、人口5,607人。7月の日曜の午後、薬局の温度計は104度(摂氏40度)を指していました。土ぼこりが家の中まで吹き込んでくる。それでも裏のポーチには扇風機と冷えたレモネードとドミノがありました。悪くない午後でした。
そこで義父が言います。「車でアビリーンまで行って、カフェテリアで飯を食おう」。
書いたジェリー・ハーヴェイは、内心こう思ったと記しています。アビリーン? 53マイル? この砂嵐と暑さの中を? しかもエアコンのない1958年式ビュイックで? ところが妻が「いいわね、行きたい」と乗ってきた。自分だけ浮くのも気まずいので「いいね」と答え、ひとこと足します。「お義母さんが行きたいならね」。義母は答えました。「もちろん行きたいわ」。
予想は当たりました。汗と土ぼこりが混ざって固まる道中、カフェテリアの食事は胃腸薬のCMに使えそうな出来。4時間と106マイルを費やして帰宅し、全員が黙って扇風機の前に座りました。
沈黙が気まずくてハーヴェイが「いい旅だったね」と言った瞬間、話が壊れます。義母が「正直、楽しくなかった。あなたたち3人が乗り気だったから合わせただけ」。ハーヴェイが「僕を『あなたたち』に入れないでくれ」。妻が「私も付き合いで行ったのよ」。最後に義父が口を開きます。言い出しっぺの彼も行きたくなどなく、みんな退屈しているように見えたから提案しただけでした。
「賛成」の中身が、全部それぞれの気づかいだった
この逸話をハーヴェイは1974年、経営誌『オーガニゼーショナル・ダイナミクス』に書きました。彼の関心は家族旅行ではなく組織のほうにあります。論文の中で彼は、現代の組織にとって最大の問題は対立を扱えないことではなく、合意を扱えないことだと言い切りました。
彼が挙げた企業の例はこうです。研究開発予算の大半を1つのプロジェクトに注ぎ込んでいる会社で、コンサルタントが個室で聞くと、社長も研究担当副社長も研究マネージャーも「技術が足りないので失敗する」と答える。しかも3人とも、それを他の2人に言っていない。社長は副社長が辞めることを、副社長は逆らって解雇されることを心配していました。そして会議室では賛辞が並び、来年度の継続が満場一致で決まります。
沈黙の理由が保身だけなら話は単純です。ここでは、それぞれの黙り方が相手への配慮の形をしていました。
集団思考と似ているが、中身は逆
「同調圧力で悪い決定が通る」と聞くと集団思考(アーヴィング・ジャニスが1972年に広めた概念)を思い出しますが、別物です。集団思考では、集団に合わせるうちに自分の考えのほうが歪みます。「みんなが言うなら大丈夫なのかもしれない」と思い込む。
アビリーンのパラドックスでは、自分の考えは最後まで変わりません。変わらないまま、他人の考えを読み違えている。全員が正しい答えを胸に抱えたまま帰り道を走り、玄関で突き合わせて愕然とする。ただし修正は効きます。誰も説得されていないので、事実を1つ配れば足りる。
では、会議室で本当に起きているのか
正直に書いておくと、ハーヴェイの1974年の論文は実験報告ではありません。義父との旅行の思い出と、コンサルティングで見た事例と、ウォーターゲート事件の考察でできた読み物で、数字はどこにも出てきません。名前の響きのよさで広まった概念だ、という見方もできます。
ただし中核にある「全員が同じことを思っているのに全員が自分だけだと思っている」状態のほうは、ダニエル・カッツとフロイド・オルポートが1931年に多元的無知と名づけて以来、測られてきました。1993年にはデボラ・プレンティスとデール・ミラーが、プリンストン大学の学生の多くは「自分は周囲より飲酒文化になじめていない」と感じている、と示しています。その「周囲」も同じことを感じていました。
組織の側でも報告があります。ジェームズ・ウェストファルとマイケル・ベドナーは、米国の中堅上場企業の社外取締役への調査から、業績が落ちているときほど取締役が「同じ懸念を持つ同僚がどれだけいるか」を過小に見積もることを示しました。結果として誰も会議で言い出さず、戦略の変更が遅れる。近年はリア・フローレスらが、順番に投票していくゲームのオンライン実験で、他者への配慮が強い人ほどこの罠にはまりやすく、後に投票する人ほど自分の好みから離れると報告しています。気の利く人ほど乗ってしまうバスなのだ、という話です。
ハーヴェイが勧める対策は、全員で本音を突き合わせる場を作ることでした。実務的には、意見を求める前に各自の判断を紙かチャットに先に書かせるのが早い。誰かの「いいと思います」を聞いたあとでは、もう自分の判断が汚染されています。難しければ、ひとことでも効きます。「正直、これ、どう思いますか」。あの旅行も、車が出る前に誰かがそう聞いていれば、扇風機の前でドミノを続けられたはずでした。
参考にした資料
- Harvey, J. B. (1974). The Abilene Paradox: The Management of Agreement. Organizational Dynamics, 3(1), 63–80.(引用した細部は1988年夏号に再録された版による)
- Harvey, J. B. (1988). The Abilene Paradox and Other Meditations on Management. Lexington Books.
- Janis, I. L. (1972). Victims of Groupthink. Houghton Mifflin.
- Katz, D., & Allport, F. H. (1931). Students' Attitudes. Craftsman Press.
- Prentice, D. A., & Miller, D. T. (1993). Pluralistic Ignorance and Alcohol Use on Campus. Journal of Personality and Social Psychology, 64(2), 243–256.
- Westphal, J. D., & Bednar, M. K. (2005). Pluralistic Ignorance in Corporate Boards and Firms' Strategic Persistence in Response to Low Firm Performance. Administrative Science Quarterly, 50(2), 262–298.
- Flores, L., Mannahan, R., & Sohn, J. The Abilene Paradox: The Curse of Caring Too Much. Southern Economic Journal, 92(3), 728–742.