「良いチームほどミスが少ない」を確かめるつもりの調査で、相関の符号が逆に出た。1996年のこの結果を「ミスが多い」ではなく「ミスを言える」と読み替えたところから、心理的安全性という言葉は始まっています。Googleが180チームを調べて1位に挙げたのも、この概念でした。
仮説どおりの結果が出なかったとき、研究者は二択を迫られます。仮説が間違っていたと結論するか、測っているものの意味を疑うか。1990年代の半ば、ハーバードの大学院生だったエイミー・エドモンドソンは後者を選びました。結果として生まれたのが「心理的安全性」という言葉です。
相関の符号が、逆だった
エドモンドソンが参加していたのは、ハーバード公衆衛生大学院の投薬事故研究(Prevention of Drug Related Complications Study)でした。ルシアン・リープ、デイヴィッド・ベイツ、デイヴィッド・カレンという医療安全の研究者が主導し、都市部の2つの病院の患者ケアチームを対象にしたプロジェクトです。
彼女の担当は、チームの性質とエラー率の関係でした。予想は単純です。看護師長のリーダーシップがしっかりしていて、メンバー間の関係が良く、自分たちの働きに満足しているチームほど、投薬ミスは少ないはずだ——。
1996年に『Journal of Applied Behavioral Sciences』に載った報告は、そうなっていません。看護師長の指導やコーチング、チーム内の関係の質、自チームの評価が高い病棟ほど、検出された投薬エラーの率が有意に高かったのです。
ここで「良いチームのほうがミスをする」と結論すれば、話は終わりでした。エドモンドソンが疑ったのは、測定していたものが「起きたミス」ではなく「見つかって記録に上がったミス」だという点です。関係が良い病棟では、ミスが報告される。空気の悪い病棟では、同じミスが誰にも言われないまま消える。だとすれば、数字の差はエラーの差ではなく、報告率の差ということになります。
ただ、これは解釈です。この調査は「実際に起きたエラー数」を独立に測っていないので、報告率の差だという説明は論文内で立てられた推論であって、観測された事実ではありません。教科書的な紹介が少しなめらかすぎるのは、ここを飛ばしているからです。
エドモンドソンはその後、この「対人的なリスクを取っても大丈夫だという、チームで共有された信念」を心理的安全性と名づけ、1999年に『Administrative Science Quarterly』で定式化しました。製造業の51チームを調べた論文で、心理的安全性が高いチームほど学習行動(質問する、実験する、フィードバックを求める、ミスを認める)が多く、その学習行動を経由して成績が上がる、という結論です。おもしろいのは、「自分たちはできる」という自信(チーム効力感)のほうは、心理的安全性を統制すると成績と結びつかなかった点でした。士気の高さと、言いやすさは別物だったわけです。
Googleが180チームを調べて出した順位
この概念が研究室の外に出たのは、2010年代のGoogleがきっかけでした。2012年に始まった社内プロジェクト「アリストテレス」は、最強のチームを作る条件を突き止めるために、エンジニアリング115チームと営業65チーム、合わせて180チームを2年ほどかけて調べています。性格特性、学歴、在職期間、勤務地、業務外で一緒に過ごす頻度まで、測った属性は250項目にのぼりました。
期待されていたのは、たぶん「優秀な人を集めるとうまくいく」という答えです。ところが、メンバーの個人属性の組み合わせからは成績をうまく説明できず、効果的なチームを分けていたのは5つの集団的な性質——心理的安全性、相互信頼、構造と明確さ、仕事の意味、インパクト——で、なかでも心理的安全性が抜けて重要だった。Googleはそう結論して、社内向けの手引きを一般公開しました。
ただ、この調査は査読論文として発表されておらず、1社の内部調査で、チームの「効果的さ」の判定にはマネージャーやメンバーの主観評価も混ざっています。広まったのは2016年の『ニューヨーク・タイムズ・マガジン』の記事経由で、学術的な検証というより企業の自社報告です。
概念そのものの裏づけは、別のところにあります。フレイジャーらが2017年に『Personnel Psychology』で発表したメタ分析は、136の独立サンプル・2万2千人以上・約5千グループをまとめ、心理的安全性が個人の業績や組織市民行動と結びつくことを、上司との関係の良さや仕事への熱意といった似た概念の影響を除いても確認しています。
「言いやすい」だけの職場は、ぬるくなる
心理的安全性がここまで広まると、別の問題が起きました。「みんなが優しい職場」「厳しいことを言わない職場」の言い換えとして使われるようになったことです。この誤読には、エドモンドソン自身が長く反論してきました。
彼女の整理は単純な2×2です。縦軸に心理的安全性、横軸に仕事の基準・責任の水準を置く。両方が低ければ無関心の領域、基準だけが高ければ不安の領域、そして安全性だけが高く基準が低いと「快適な領域」になります。言いたいことは言えるけれど、言ったことが何にもならない。批判者が「心理的安全性を入れると組織がぬるくなる」と言うときに指しているのは、たいていこの快適な領域です。両方が高いときだけ、学習の領域になる。
遠慮なく異論を出せることと、成果への責任を負わないことは、別々の軸に置かれている。この2つは同時に成り立ちうる——というより、同時でないと機能しない、というのが元の主張です。
ミスを見つけた人が黙るのは、性格の問題ではなく、黙るほうが合理的に見える状況の問題だと言われています。1996年の病棟の数字が示していたのは、おそらくそれです。会議で誰も何も言わないとき、全員が納得しているのか、全員が計算しているのかは、外からは区別がつきません。
参考にした資料
- Edmondson, A. C. (1996). Learning from Mistakes is Easier Said Than Done: Group and Organizational Influences on the Detection and Correction of Human Error. Journal of Applied Behavioral Sciences, 32(1), 5–28.
- Edmondson, A. C. (1999). Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams. Administrative Science Quarterly, 44(2), 350–383.
- Edmondson, A. C. (2018). The Fearless Organization. Wiley.(邦訳『恐れのない組織』英治出版)
- Frazier, M. L., Fainshmidt, S., Klinger, R. L., Pezeshkan, A., & Vracheva, V. (2017). Psychological Safety: A Meta-Analytic Review and Extension. Personnel Psychology, 70(1), 113–165.
- Google re:Work「Understand team effectiveness」(プロジェクト・アリストテレスの公開資料)
- Duhigg, C. (2016). What Google Learned From Its Quest to Build the Perfect Team. The New York Times Magazine, February 25, 2016.
- 『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』エドモンドソンへのインタビュー記事