売上が同僚の2倍の営業は、その月に昇進する確率が約15%高い。ところが昇進後、その部下たちの売上の伸びは7.5%低くなる——2019年の研究はそう報告しました。なお元ネタの「ピーターの法則」は、真面目な理論ではなく風刺として書かれた本です。
1964年、バンクーバーの小さな劇場。幕間の休憩時間に、二人の男が並んで立っていました。上演中の芝居がとにかくひどい、という点で意見が一致したところから話が始まります。
片方はローレンス・J・ピーター、当時45歳の教育学者。もう片方はレイモンド・ハルという劇作家でした。ピーターは、この劇団の問題は誰か一人が下手なことではない、と言いました。それぞれ本来の持ち場では有能だった人が、いまは自分に向いていない役割をやらされている。組織はどこもそうなっている——。ハルは面白がって、それを本にしろとすすめました。
冗談として書かれた本
二人がまとめた原稿は、十数社の出版社に断られています。評価が低かったからというより、扱いに困ったからでした。教科書として売るのか、笑い話として売るのか、判断がつかない。実際、本人たちの意図は明確に後者でした。
1969年にウィリアム・モロー社から出た『ピーターの法則——なぜ物事はいつもうまくいかないのか』は、出るなりベストセラーのリストを駆け上がりました。累計は1000万部近いと言われています。核になる一文はこうです。「階層社会では、すべての構成員はやがて自分の無能のレベルに達する」。有能なら昇進し、昇進先でも有能ならまた昇進する。うまくできない役職で昇進が止まるので、人は最終的に、自分がうまくできない席に座って動かなくなる。
本には対処法まで載っていて、勧められるのは「創造的無能」。昇進したくないなら、仕事の本質と関係ないところでわざと変な人だと思われておけ、というものです。大真面目に組織論を打ち立てるつもりではなかったことがよくわかります。ピーターは1990年に亡くなるまで、名言集や笑いの本を書き続けた人でもありました。
風刺が経営書の棚で半世紀読まれ続ける。それ自体が皮肉なのですが、ではこの冗談は、データで見るとどのくらい当たっているのでしょうか。
半世紀後、214社の営業データで確かめる
2019年、アラン・ベンソン、ダニエル・リー、ケリー・シューの3人が『Quarterly Journal of Economics』に発表した研究が、それを正面からやりました。使ったのは米国214社の営業職の成績と昇進の記録。営業を選んだのは、成果が金額という一本の数字に出るからです。
わかったのは、まず、会社は売上で人を選んでいるということ。同僚の2倍売る人は、その月に昇進する確率が約15%高くなっていました。
問題はその先です。約4万人・131社ぶんのデータで、昇進後の働きぶりを部下の売上の伸びで測ると、昇進前の売上が2倍だった人ほど、部下の伸びが7.5%低いという関係が出ました。よく売った人ほど、良くない上司になっていたわけです。
では何が良い管理職を予測したのか。研究チームが挙げたのは、1件の売上の取り分を同僚と分け合っていた履歴です。見込み客を見つけて他人に渡す、他人が始めた取引を引き継ぐ。そういう働き方の人が昇進後に伸びていて、会社はその情報をほとんど使っていませんでした。
それでも会社は間違っていない、という反論
ここで終われば気持ちがいいのですが、この現象には別の説明がいくつも用意されています。
- 平均への回帰。エドワード・ラジアーが2004年に示した見方です。昇進とは「基準を超えた」という記録が残ったこと。好成績には必ず運の分が混じるので、翌年に成績が下がるのは統計的にごく当たり前です。無能になったのではなく、実力に戻っただけ。企業もこのズレを織り込んで昇進を決めてはいるが、完全には消せない、というのが結論でした。
- わざとやっている可能性。これはベンソンらが自分で書き添えている注記です。「よく売れば昇進できる」という見通しは、営業全体のやる気を支えています。上司の質を多少落としてでも現場を走らせるほうが得なら、それは失敗ではなく取引です。実際、歩合や賞与の比重が大きい会社ほど、また大きなチームを任せるポストほど、昇進の判断で売上を重視していませんでした。会社は、賭けていい場面とそうでない場面を分けている節があります。
- ランダムに昇進させればいい。2010年、カターニア大学のアレッサンドロ・プルキーノらが組織をシミュレーションして出した答えです。無作為に昇進させるか、成績の上位と下位から無作為に選ぶほうが、組織全体の効率は高くなりました。その年のイグノーベル賞(経営学)を受けています。ただし計算機の中の組織の話で、実在の会社で試された結果ではありません。
こうして並べると、「人は無能になるまで出世する」という言い切りは、やはり少し強すぎます。実際に起きているのは、前の席で通用したものさしを次の席にそのまま持ち込んでいる、というだけのことです。名選手が名監督になれないのも、優秀な技術者が管理職で潰れるのも、本人の能力が消えたからではありません。測るものが変わったのに、選ぶ基準が変わっていない。
出版社が扱いに困ったこの本がいまも読まれているのは、たぶんそのあたりです。笑い話として引かれた輪郭が、たまたま実在する構造をなぞってしまった。
参考にした資料
- Peter, L. J., & Hull, R. (1969)『The Peter Principle: Why Things Always Go Wrong』William Morrow
- Benson, A., Li, D., & Shue, K. (2019)「Promotions and the Peter Principle」The Quarterly Journal of Economics 134(4), 2085–2134(数値は著者自身によるVoxEU解説記事を参照)
- Lazear, E. P. (2004)「The Peter Principle: A Theory of Decline」Journal of Political Economy 112(S1), S141–S163
- Pluchino, A., Rapisarda, A., & Garofalo, C. (2010)「The Peter Principle Revisited: A Computational Study」Physica A 389(3)
- Improbable Research(2010年イグノーベル賞・経営学部門について)
- EBSCO Research Starters「Laurence J. Peter」(経歴・執筆の経緯・発行部数について)
- Peter principle(英語版Wikipedia、批判と別説の整理について)