「議題に費やされる時間は、その金額に反比例する」。1957年にパーキンソンが書いた皮肉です。ただし、そこから導かれがちな「会議は短く区切ればいい」という処方箋のほうは、実験で調べると少し話が違ってきます。

ある委員会の議題が三つあるとします。一つめは1000万ポンドの原子炉の建設案。委員の大半は原子炉のことがわからず、わからないと言い出せる雰囲気でもないので、2分半で承認されます。二つめは職員用の駐輪場、350ポンド。屋根はアルミがいいかトタンがいいか、全員が意見を持てる話なので45分かかります。三つめは委員会の茶菓子代、年21ポンド。ここでは誰もが専門家です。1時間15分議論し、事務局に追加資料をつくらせ、結論は次回に持ち越されます。

この委員会は実在しません。C・ノースコート・パーキンソンが1957年に「些事の法則」として書いた寓話です。

その法則は、軍艦の数を数えるところから始まった

パーキンソンの名が世に出たのは1955年11月19日の『エコノミスト』誌、それも匿名の掲載でした。書いたのはシンガポールにあったマラヤ大学で歴史学の教授をしていた海軍史の研究者です。冒頭の一文が有名になりました——仕事の量は、それを片づけるために与えられた時間を満たすまで膨張する。

ただし論考の中身は時間術ではなく、大半が英国海軍本部の人員統計でした。1914年と1928年の比較です。

  • 主力艦 …… 62隻 → 20隻(−67.74%)
  • 将兵 …… 146,000人 → 100,000人(−31.5%)
  • 造船所の職工 …… 57,000人 → 62,439人(+9.54%)
  • 造船所の事務職員 …… 3,249人 → 4,558人(+40.28%)
  • 海軍本部の官僚 …… 2,000人 → 3,569人(+78.45%)

軍艦は3分の1に、乗り組む人間は3分の2に減っています。増えていたのは陸で管理する側だけで、パーキンソンはこれを「陸の上の壮麗な海軍」と呼びました。植民地省でも、管理すべき植民地がほぼ消滅して外務省に統合される直前に職員数が最大の1,661人に達しました(1935年は372人)。

彼は部下増殖の法則(役人は競争相手ではなく部下を増やしたがる)と仕事増殖の法則(役人は互いに仕事をつくり合う)を立て、最後に数式まで置きました。増加率は仕事量とは無関係に、必ず年5.17%から6.56%のあいだに収まる、と。小数第2位まで書いてあるのが、この文章のいちばん意地の悪いところです。

時間を余らせると、人は本当に間延びする

風刺は風刺として、実験室でも確かめられています。1966年、エリオット・アロンソンとハロルド・ジェラードは5分で終わる作業を用意し、参加者の半分には5分、残りには15分を与えました。余った時間を早じまいに使う人はほとんどおらず、多くもらった側は作業そのものに費やす時間が長くなりました。翌年アロンソンとランディが追試すると、前半で時間を余らせた人は二つめの課題でも長く時間をかけました。ゆっくりやる癖のほうが持ち越されていたわけです。

もっとも、きれいな形で実証されるまでには時間がかかりました。1999年にブラノンらが『Psychonomic Bulletin & Review』へ書いた論文の出発点は、この法則には個人レベルで混入要因を排した実証がまだない、という指摘です。学生に顔写真4セットの判定を予告し、3セット目の直前に「4セット目は中止」と伝えると、3セット目の作業時間が伸びました。追試を3回行って再現しています。発表から44年目でした。

効いていたのは時間ではなく、目標のほうだった

あまり引用されない研究があります。1967年、ブライアンとロックの『パーキンソンの法則は目標設定の現象である』です。加算課題で、一方の群には必要な時間のちょうど2倍を、もう一方には必要最小限を与えます。すると、時間を余らせていた側は自分に対して低い目標を立てており、作業を遅くしていたのは時間の長さそのものではなく、その下方修正された目標のほうだとわかりました。

含意はずいぶん違ってきます。60分の会議を30分に切るだけでは、たぶん足りない。「今日は何を決めて終わるのか」が枠に入っていなければ、短い枠のなかで同じことが起こります。逆に、決めるべきことが1行はっきりしていれば60分でも早く終わる。駐輪場の屋根の議論が伸びるのも、時間が余っているからというより、どうなったら終わりなのかが共有されていないからでしょう。

ただし、元になった数字を検算した人はいない

1994年12月の『Naval History』誌に「パーキンソンの法則に異議あり」という記事が出ています。指摘の一つは単純で、パーキンソンはあの統計の出典を明かしていない。もう一つは読み方です。海軍史家ジョン・スミダの研究によれば、20世紀初頭の英海軍は艦隊の拡張と技術の刷新で書類が激増したのに、財政の締めつけで事務方を増やせず、慢性的な過重労働と判断の劣化を抱えていました。だとすると1928年が多すぎたのではなく、1914年が少なすぎた、とも読めます。

パーキンソン自身も、この時期が航空機や潜水艦の登場した技術革新期だったことは認めたうえで、それなら造船所の事務職員が40%増なのに本部だけ80%近く増えるのはなぜか、と反論を先回りしています。うまい書き方ですが、それ自体、これが学術論文ではないことを示してもいます。

70年たっても読まれ続けているのは、証明されたからではなく、心当たりがあるからでしょう。ただし心当たりを法則と呼ぶと、対策のほうを間違えます。会議を短くするのは悪くない手ですが、効くのは短さそのものではなく、短くするときに嫌でも決めることになる「で、今日は何を決めるのか」のほう——実験室から持ち帰れるのは、たぶんそこまでです。

参考にした資料

  • Parkinson, C. N. (1955)「Parkinson's Law」The Economist, 11月19日号(匿名掲載。海軍本部・植民地省の人員数と増加率の式はこの論考による)
  • Parkinson, C. N. (1957)『Parkinson's Law, or The Pursuit of Progress』(「些事の法則」の委員会の例と、金額・所要時間)
  • Aronson, E., & Gerard, E. (1966)「Beyond Parkinson's law: The effect of excess time on subsequent performance」Journal of Personality and Social Psychology 3(3), 336–339
  • Aronson, E., & Landy, D. (1967)「Further steps beyond Parkinson's Law: A replication and extension of the excess time effect」Journal of Experimental Social Psychology
  • Bryan, J. F., & Locke, E. A. (1967)「Parkinson's Law as a goal-setting phenomenon」Organizational Behavior and Human Performance 2(3)
  • Brannon, L. A., Hershberger, P. J., & Brock, T. C. (1999)「Timeless demonstrations of Parkinson's first law」Psychonomic Bulletin & Review 6(1), 148–156
  • 「Challenging Parkinson's Law」Naval History 8(6), 1994年12月号(米国海軍協会。統計の出典と、ジョン・スミダの研究にもとづく1914年時点の事務方不足という読み方について)