「具合が悪くなるかもしれない」という予想そのものが、体の不調を呼ぶことがあります。偽薬で症状がよくなるプラセボ効果の、ちょうど裏返しです。
新しい薬をもらって、添付文書の「副作用」の欄を読んだあと。なんとなく胃が重い気がする、頭が少しぼんやりする——そんな経験に覚えはないでしょうか。
気のせいで片づけたくなりますが、この「なんとなく」は医学の世界でまじめに研究されています。名前はノセボ効果。偽薬(プラセボ)で症状がよくなる現象の、反対側にあたるものです。
「私は害するだろう」という名前
プラセボはラテン語で「私は喜ばせるだろう」。これに対してノセボは「私は害するだろう」という意味です。1961年、アメリカの医師ウォルター・ケネディが「The Nocebo Reaction」という論文でこの言葉を使ったのが始まりとされています。
面白いのは、ケネディ自身はこの言葉をかなり狭く使っていたことです。彼にとってノセボ反応は「薬の中身ではなく、患者の側にある性質」から生じるもので、薬理作用による本物の副作用とははっきり区別していました。いまでは意味が広がり、「悪いことが起こるという予想が、実際の不快な症状につながる現象」全般を指すようになっています。
同じ薬、違うのは説明だけ
ノセボ効果の説明でよく引かれるのが、2007年にイタリアの泌尿器科医ニコラ・モンダイーニらが発表した研究です。
対象は前立腺肥大症の男性107人。全員に同じ薬(フィナステリド5mg)を飲んでもらいました。違いはひとつだけで、片方のグループには「性機能の副作用が出ることがあります」と伝え、もう片方には伝えなかったのです。
しばらく経って集計すると、性機能の副作用を訴えた人は、説明されなかったグループで15%前後だったのに対し、説明されたグループでは43.6%にのぼりました。薬も量も同じなのに、約3倍です。勃起障害だけを見ても、9.6%と30.9%という開きがありました。
ここで気をつけたいのは、この研究が「副作用は全部気のせい」と言っているわけではないことです。説明されなかったグループにも副作用は出ています。薬そのものの作用に、説明が上乗せされた——そう読むのが自然です。
コレステロールの薬で起きていたこと
もう少し最近の例もあります。2020年、イギリスのインペリアル・カレッジ・ロンドンのチームが医学誌 NEJM に発表した「SAMSON」という試験です。
参加したのは、コレステロールを下げる薬(スタチン)を副作用がつらくてやめてしまった人たち。1年間を1か月ずつに区切り、本物の薬の月、見た目が同じ偽薬の月、何も飲まない月をランダムに割り当てて、毎日症状を記録してもらいました。本人はどの月が本物かを知りません。
結果、症状のつらさは何も飲まない月が最も軽く、偽薬の月と本物の月はほとんど変わりませんでした。研究チームの計算では、本物の薬で出た症状の約90%は偽薬でも出ていたことになります。試験のあと、参加者のおよそ半数が薬の服用を再開したと報告されています。
とはいえ、この試験の参加者はもともと「スタチンで副作用が出た」と感じていた人たちで、人数も小規模です。筋肉が本当に傷つく重い副作用がまれに起こることは知られていますし、「スタチンの副作用はすべてノセボ」とは言えません。臨床試験の偽薬グループで出る不調についても、病気そのものの経過や日常的な体調の波が混ざっていて、どこまでが純粋なノセボかを切り分けるのは難しいとされています。それでも、2018年にハウィックらがまとめた総説では、偽薬グループの参加者のおよそ20人に1人が「副作用」を理由に試験を離脱していました。
説明を聞かないほうがいい、ではない
ここまで読むと「じゃあ副作用の説明なんて聞かないほうがいいのでは」と思うかもしれません。ですが、知らされていなければ本物の副作用に気づくのが遅れますし、説明を受けることは患者の大切な権利です。
医療者のあいだで話し合われているのは、説明の中身を減らすことではなく、伝え方の工夫です。「10人に1人に出ます」より「10人のうち9人には出ません」と伝える、よく出る症状と重い症状を分けて話す、といった方法が研究されています。
薬を飲んでいて気になる症状が出たときは、「どうせ思い込みだろう」と自分で片づけず、医師や薬剤師に相談してください。思い込みかどうかを見分けるのも、専門家の仕事です。
参考にした資料
- Kennedy, W. P. (1961). The nocebo reaction. Medicina Experimentalis.
- Mondaini, N. et al. (2007). Finasteride 5 mg and sexual side effects: how many of these are related to a nocebo phenomenon? The Journal of Sexual Medicine, 4(6).
- Wood, F. A., Howard, J. P., Finegold, J. A. et al. (2020). N-of-1 Trial of a Statin, Placebo, or No Treatment to Assess Side Effects. New England Journal of Medicine, 383, 2182–2184.
- Howick, J. et al. (2018). Rapid overview of systematic reviews of nocebo effects reported by patients taking placebos in clinical trials. Trials, 19.
- British Heart Foundation "SAMSON trial"
- Mayo Clinic Press "The Nocebo Effect: History and Contemporary Applications"
- Wikipedia英語版 "Nocebo"