時間を忘れる没頭には「難しさと実力が釣り合うこと」が大事だとされてきました。ただ、それだけで決まるわけではないことも、最近の研究でわかってきています。

先週いちばん時間を忘れていたのは、いつでしたか。日曜の午後にソファで動画を見ていたときか、それとも、締め切り前に表計算と格闘していたときか。

多くの人は前者を選びたくなると思います。休みのほうが楽しいに決まっている、と。ところが、実際に1日のあちこちで人の気分を調べてみると、話はそう単純ではありませんでした。

ロッククライマーとチェスの名人に聞いたこと

この没頭の状態に名前をつけたのは、ハンガリー出身でシカゴ大学にいた心理学者ミハイ・チクセントミハイです。1975年の著書『Beyond Boredom and Anxiety(退屈と不安を越えて)』のために、彼はロッククライマー、チェスの名人、ダンサー、作曲家、外科医といった人たちに、いちばん充実していた瞬間はどんな感じだったかを聞いて回りました。

やっていることはばらばらなのに、答えはよく似ていた。目の前のことに意識が吸い込まれ、自分のことを気にする余裕がなくなり、時間の感覚がゆがむ。何人もが、それを流れに運ばれていくような感覚として語りました。そこから「フロー」という名前がつきます。

彼が条件として挙げたのが、取り組んでいることの難しさと、自分の実力の釣り合いでした。難しすぎれば不安になり、やさしすぎれば退屈する。そのあいだの、少し背伸びをすれば届くくらいの帯にいるときに、人は没頭しやすい。1990年の一般向けの本『フロー体験 喜びの現象学』でこの考え方は広く知られるようになりました。

仕事中のほうがフローが多いという逆説

では、その帯にいる時間は1日のどこに多いのか。チクセントミハイとジュディス・ルフェーヴルは1989年、78人の働く大人に1週間ポケベルを持ってもらい、鳴るたびに「いま何をしているか」「どれくらい難しいか」「どれくらいうまくやれているか」「どんな気分か」を記録してもらいました。経験サンプリング法と呼ばれるやり方です。

結果は、さきほどの直感をひっくり返すものでした。難しさも実力も高い、つまりフローに当たる回答の大半は、余暇ではなく仕事中のものだったのです。そして気分の良し悪しは、仕事か余暇かよりも、フローに入っているかどうかで大きく変わっていました。余暇の時間は、むしろ退屈やだるさを感じている場面が目立ちました。

ただし、話にはもう一つの面があります。同じ人たちは、仕事中のほうが「本当は別のことをしていたい」と答える傾向が強かった。楽しめていても、仕事というだけで気が進まない。論文はこれを「仕事の逆説」として報告しています。休日のソファが好きなのは、充実しているからではなく、ただ気楽だからなのかもしれません。

釣り合いだけでは決まらない

その後、この理論はスポーツ、教育、ゲームの分野で何百もの研究に使われました。2015年にフォンらがまとめたメタ分析では、28件の研究をもとに、難しさと実力の釣り合いとフローの関連は中くらいの強さ(相関係数でおよそ0.56)と推定されています。はっきり関係はあるけれど、それだけで説明しきれるほどではない、という大きさです。しかも仕事や学校の場面、そして日常を経験サンプリング法で調べた研究では、関連は弱めでした。

測り方の問題を指摘する人もいます。2020年に研究の論点を整理したアブハムデによれば、「難しさと実力がどちらも自分の平均より高い」という区切り方で数えると、日常の経験の4分の1以上がフローに分類されてしまうことが多い。時間を忘れるほどの没頭が1日の4分の1もあるかと言われると、実感とはずれがあります。

2023年には、もっと直接的な実験も行われました。カッティングらは、AIが相手の強さを自動で調整する対戦ゲームを使い、311人を「やさしい」「互角」「むずかしい」の3つの条件に分けました。勝ち負けの差は狙いどおりに調整できていたのに、楽しさにも、遊び続ける長さにも、条件によるはっきりした差は出ませんでした。事前に計画を登録したうえでの実験なので、都合のいい結果だけを選んだわけでもありません。

もちろん、これでフロー理論が崩れたわけではありません。研究者たちは、明確な目標があるか、うまくいっているかがすぐわかるか、自分でコントロールしている感覚があるか、といった別の要素の役割も重く見ています。「ちょっと背伸び」は良い出発点ですが、それさえ合わせれば勝手に没頭できる、というスイッチではなさそうです。

集中できない日に、自分の意志の弱さだけを責めなくていい、というのはこの研究から言えそうなことです。何を目指しているのかがぼやけていないか、手ごたえがすぐ返ってくる形になっているか。通知を切って邪魔を減らすのも含めて、整えられる条件はいくつもあります。

参考にした資料

  • Csikszentmihalyi, M. (1975) Beyond Boredom and Anxiety: Experiencing Flow in Work and Play. Jossey-Bass
  • Csikszentmihalyi, M. (1990) Flow: The Psychology of Optimal Experience. Harper & Row(邦訳『フロー体験 喜びの現象学』世界思想社)
  • Csikszentmihalyi, M., & LeFevre, J. (1989) "Optimal experience in work and leisure" Journal of Personality and Social Psychology, 56(5), 815–822
  • Fong, C. J., Zaleski, D. J., & Leach, J. K. (2015) "The challenge–skill balance and antecedents of flow: A meta-analytic investigation" The Journal of Positive Psychology, 10(5), 425–446
  • Abuhamdeh, S. (2020) "Investigating the 'Flow' Experience: Key Conceptual and Operational Issues" Frontiers in Psychology
  • Cutting, J., Deterding, S., Demediuk, S., & Sephton, N. (2023) "Difficulty-skill balance does not affect engagement and enjoyment: a pre-registered study using artificial intelligence-controlled difficulty" Royal Society Open Science