人は悪い知らせを伝えるのをためらいます。しかも実験では、そのためらいは「誰かに見られているとき」にはっきり強まりました。組織で悪い話が上に届かないのは、この小さなためらいが段ごとに重なるからだと考えられています。

1970年ごろのアメリカの大学。実験に呼ばれた学生が、制汗剤の比較をするという名目で待たされていると、部屋に伝言が入ります。「グレン・レスターさんに、すぐ家に電話するよう伝えてください。とても悪い知らせがあるそうです」。別の回では、同じ文の「悪い」が「良い」になっていました。

やがて、レスターさん役の人が部屋に入ってきます。学生は伝言をどう伝えたか——心理学者のシドニー・ローゼンとエイブラハム・テッサーが見ていたのは、そこでした。

悪い知らせは、中身が抜け落ちる

結果は、良い知らせのときは中身まで含めてすぐに伝える人が多く、悪い知らせのときは「家に電話してほしいそうです」とだけ伝えて、良いか悪いかには触れない人が目立った、というものでした。伝えるまでの時間も長くなっていたと報告されています。

ローゼンとテッサーは、悪い知らせを口にしたがらないこの傾向を「MUM効果」と名づけました。英語の keep mum(黙っている、口をつぐむ)から取った名前です。翌1971年には、障害者向けの給付を申請した27人の記録を調べ、却下の決定は承認の決定より本人に伝わるのが遅かったことも報告しています。実験室の外でも、同じことが起きていたわけです。

では、なぜためらうのか。相手を傷つけたくないから、と考えるのが自然です。ところが1987年、ボンドとアンダーソンの実験は別の答えを示しました。テストの結果を本人に伝える役を任された参加者のうち、自分の姿が相手から見えていると思っていた人は、「不合格」を伝えるのに「合格」の2倍の時間をかけました。一方、誰からも見えていないと思っていた人は、どちらも同じ速さで伝えたのです。ためらいの正体は、相手への思いやりというより「悪い知らせを持ってきた人」として見られたくない気持ちだったのではないか、と著者たちは考えました。

職場で黙った理由のいちばんは「レッテル」

この「どう見られるか」の不安は、職場ではもっとはっきり形になります。ニューヨーク大学のフランシス・ミリケンらは2003年、さまざまな業種で働く若手の専門職40人に聞き取りをしました。すると、34人(85%)が「大事な問題だと思ったのに、上に言えなかったことがある」と答えています。

言えなかった中身でいちばん多かったのは、同僚や上司の仕事ぶり・能力への懸念(37.5%)。言えなかった理由の上位は次のとおりでした。

  • 悪く見られる・レッテルを貼られる不安(30%)。「トラブルメーカー」「告げ口屋」「文句ばかり言う人」といった言葉が挙がった
  • 人間関係を壊す不安(27.5%)
  • 言っても何も変わらないという無力感(25%)
  • 仕返しや処分への不安(22.5%)

ここで、さきほどの実験と話がつながります。悪い知らせを運ぶ人は、知らせと一緒に「悪い人」に見られることを恐れる。だから一段ごとに、少しだけ表現を丸めたり、まとまるまで待ったりする。ひとりひとりの丸め方は小さくても、課長、部長、役員と段を重ねれば、上に届くころには「多少の遅れはあるが、おおむね順調」になっていてもおかしくありません。ミリケンらの調査では、黙っていた人の多くが「同じ問題に気づいている同僚はほかにもいた」と答えていました。知っている人はたくさんいるのに、誰も持ち上げない状態です。

「言った人に感謝する」は効くのか

よく勧められる対策は、悪い報告を早く持ってきた人をまずねぎらうことです。ボンドとアンダーソンの結果に照らせば理にかなっています。ためらいの源が「どう見られるか」なら、悪い知らせを持ってきても悪く見られないとわかれば、ためらう理由が減るはずだからです。

ただし、これは調査や実験の結果から筋道を立てた話で、「感謝すれば報告が何割増える」と確かめた決定的な研究があるわけではありません。ミリケンらの研究も40人への聞き取りで、本人たちも探索的な調査だと位置づけています。また、MUM効果がいつも起きるとは限らないことを示した研究もあり、知らせる相手との関係や、その組織で悪い知らせをどう扱う決まりがあるかで強さが変わるとされています。

それでも、思い当たる場面は多いのではないでしょうか。報告を受けたときの最初のひとことが「なんでもっと早く言わなかったの」なのか「教えてくれて助かった」なのか。次に悪い話が届くかどうかは、案外そこで決まっているのかもしれません。

参考にした資料

  • Rosen, S., & Tesser, A. (1970). On reluctance to communicate undesirable information: The MUM effect. Sociometry, 33(3).
  • Tesser, A., Rosen, S., & Tesser, M. (1971). On the reluctance to communicate undesirable messages (the MUM effect): A field study. Psychological Reports, 29(2).
  • Bond, C. F., & Anderson, E. L. (1987). The reluctance to transmit bad news: Private discomfort or public display? Journal of Experimental Social Psychology, 23(2), 176–187.
  • Milliken, F. J., Morrison, E. W., & Hewlin, P. F. (2003). An exploratory study of employee silence: Issues that employees don't communicate upward and why. Journal of Management Studies, 40(6).
  • The Decision Lab「The MUM Effect」(1970年の実験の手順の解説)