数字はいちばん左の桁から読むので、1980円は「千いくら」、2000円は「二千円」として頭に入ります。差はたった20円でも、印象のうえでは一段ちがう値段になるようです。

買ってきたシャツの値段を聞かれて「1980円」と答える人は、あまりいません。たいていは「2000円くらい」と丸めて話します。ところが、売り場で値札を見た瞬間の頭の中では、話が逆になっているらしいのです。1980円は「1000円台のシャツ」としてまず受け取られ、端の980はあとから、軽く読み流されます。

この「左の桁に引っぱられる」性質は、マーケティングでは左端桁効果(レフトディジット効果)と呼ばれています。店頭に980円や1980円が多いのは、売る側が経験的にこれを知っているからだと説明されることが多いです。

1セント差を見誤る条件

この効果をきちんと実験で切り分けたのが、マノジ・トーマスとヴィッキー・モーウィッツが2005年に発表した研究です。彼らは5つの実験から、「9で終わる値段が、1セント高い値段よりずっと安く感じられる」のは、どんな場合なのかを調べました。

わかったのは、いつでも起こるわけではない、ということです。2.99ドルと3.00ドルのように、いちばん左の桁が変わるときには効果が出る。一方で、9で終わらせても左の桁が変わらない場合には、この錯覚は起こりにくいとされています。つまり効いているのは「9」という数字そのものより、左の桁が一つ下がることのほうです。

また、比べる相手の値段が近いほど効果が出やすいことも示されました。さらに、値段だけでなく、ほかの数字の大小を判断するときにも同じ偏りが見られたそうです。

8万マイルの壁

実験室の話にとどまらないことを示したのが、ニコラ・ラセテラ、デヴィン・ポープ、ジャスティン・シドナーの研究です(2012年、American Economic Review)。彼らはアメリカの中古車オークションの取引記録、2200万件以上を分析しました。

走行距離が増えるほど車の値段はなめらかに下がっていくはずですが、実際には1万マイルの区切りごとに、段差のようにがくんと下がっていました。下がり幅は1区切りあたり150〜200ドルほどです。たとえば走行距離7万9900〜7万9999マイルの車は、8万〜8万100マイルの車より約210ドル高く売れていました。ところが、さらに100マイル少ない7万9800マイル台の車と比べると、差はわずか10ドル前後しかありません。

オークションで買っているのはプロの業者です。それでも段差が出るのは、業者の先にいる一般の買い手が「7万マイル台」「8万マイル台」と左の数字で車を見ていて、業者もそれを見越して値をつけているからだ、と著者らは考えています。

店のほうも、まだ使いこなせていない

2023年にReview of Economic Studiesに載ったアヴネル・ストゥルロフ=シュレインの論文は、アメリカのスーパー25チェーン・約3500品目の販売データを使って、この効果の大きさを見積もりました。99セントで終わる値段から1セントだけ上げると、客の反応は20セント以上値上げしたときに近かった、という結果です。

おもしろいのは、店側がこの偏りを実際より小さく見積もっているらしい点です。99で終わらせたほうが売れたはずの商品が、そうなっていない例が多く、その分の利益を取りこぼしていると論文は指摘しています。誰もが知っている値付けの定番なのに、効き目はまだ過小評価されている、ということになります。

ただし、端数価格がいつでも得になるわけではありません。端数は「安売り」の合図として受け取られやすく、高級品ではむしろきりのいい値段のほうが好まれる、という研究もあります。2003年のエリック・アンダーソンとダンカン・シメスターの通販カタログでの実験でも、9で終わる値段の効果は、すでに「セール」の表示がある商品では弱まっていました。

ちなみに、日本で1980円や980円のように「8」で終わる値段が多い理由については、末広がりで縁起がいい、9は「苦」に通じる、などいろいろ言われていますが、はっきりした裏づけは見つかりませんでした。ここは諸説ある、くらいに受け止めておくのがよさそうです。

参考にした資料

  • Thomas, M., & Morwitz, V. (2005). Penny wise and pound foolish: The left-digit effect in price cognition. Journal of Consumer Research, 32(1), 54–64.
  • Lacetera, N., Pope, D. G., & Sydnor, J. R. (2012). Heuristic thinking and limited attention in the car market. American Economic Review, 102(5).(NBER Working Paper 17030)
  • Strulov-Shlain, A. (2023). More than a penny's worth: Left-digit bias and firm pricing. Review of Economic Studies.
  • Anderson, E. T., & Simester, D. I. (2003). Effects of $9 price endings on retail sales: Evidence from field experiments. Quantitative Marketing and Economics, 1, 93–110.
  • 科研費研究課題「端数価格が消費者行動に与える効果に関する研究」(KAKEN 15K03732)
  • Chicago Booth Review「Retailers underestimate the power of penny pricing」