6歳にとっての1年は人生の6分の1、60歳にとっては60分の1。だから歳をとると時間が速い——よく知られた「ジャネーの法則」です。ただしこれは実験の結果ではなく割り算で、提唱者の甥は最初から批判的に紹介していました。
気づけばもう8月の下旬で、去年の夏に何をしていたか思い出そうとすると、輪郭がほどけている。この感覚に名前をつけたのがジャネーの法則です。体感する時間の長さは年齢に反比例する。6歳の1年は人生の6分の1もあるのに、60歳では60分の1しかない。だから短く感じる。
言われてみればそのとおり、という納得感があります。ただ、この納得感は説明から来ているというより、割り算から来ています。なぜ人の脳が人生の総日数を分母にして時間を測っているのか、という肝心なところは手つかずのままです。
1877年、「内的な錯視」という題の小論
出どころははっきりしています。1823年生まれ、ソルボンヌで哲学を教えていたポール・ジャネが、1877年に『Revue Philosophique de la France et de l'Étranger』へ寄せた「Une illusion d'optique interne(内的な錯視)」という文章です。実験をしたわけではなく、人生のある時期の時間の長さは年齢に比例して見積もられるのではないか、という思いつきを述べたものです。ジャネ自身、年や十年といった遠い過去を振り返るときにこの傾向がいちばん強く出るはずだ、と書き添えています。
これを世界に広めたのが、ウィリアム・ジェイムズの『心理学原理』(1890年)です。10歳の子どもは1年を人生の10分の1として感じ、50歳の男は50分の1として感じる、という有名な一節はジェイムズの筆によるもので、ジャネの名前は紹介者として添えられています。ただしジェイムズは、これは主観的な加速を言い換えたものであって、その原因を説明したものではない、という留保もつけていました。
日本で定着した「ジャネーの法則」という呼び名は、甥にあたる心理学者ピエール・ジャネの『記憶の進化と時間観念』(1928年)経由です。ここも少しねじれていて、ピエールは叔父の説を時間観念をめぐる諸説のひとつとして、批判的に取り上げています。つまりこの法則は、身内の批判的な紹介文を出発点にして広まった、ということになります。
499人に聞いてみると
では実際のところ、体感時間は年齢に反比例するのでしょうか。
2005年、マルク・ウィットマンとサンドラ・レーンホフが『Psychological Reports』に発表した研究では、14歳から94歳まで499人に、時間の流れる速さを尋ねています。1時間、1週間、1か月、1年、そして過去10年。それぞれについて「とてもゆっくり」から「とても速い」までを答えてもらう形です。
結果は、大まかには常識どおりでした。年齢が上がるほど「速い」と答える傾向はあります。ただし効果は小さく、年齢で説明できたのは回答のばらつきのせいぜい10%ほどでした。
そして中身を見ると、もっと妙なことが起きています。1時間、1週間、1か月といった短い期間の速さについては、若い人と高齢の人でほとんど差が出ませんでした。はっきり差がついたのは「過去10年」の項目だけです。20歳の1週間も70歳の1週間も、体感の速さはだいたい同じ。それなのに、振り返った10年の長さだけが縮む。
反比例の法則が正しいなら、1週間も1か月も1年も、同じ比率で圧縮されているはずです。実際に縮んでいたのは、いちばん記憶に頼る項目でした。
年齢より強く効いていたもの
2010年、ウィリアム・フリードマンとスティーブ・ヤンセンが2か国の16歳から80歳まで1,865人を対象に、時間が速く感じられる理由の候補を7つ並べて検証しています。年齢そのものより成績がよかったのは、時間的なプレッシャー——やりたいことに対して時間が足りない、という感覚のほうでした。
2013年にヤンセン、仲真紀子、フリードマンが868人で行った研究は、この関係をもう少し細かく分けています。いま忙しさに追われている人は、直近の1週間や1か月が速かったと答える。10年前に忙しさのただ中にいた人は、この10年が速かったと答える。年齢の効果は、やはり10年の項目にしか残りませんでした。
時間が速いのは、歳をとったからというより、忙しかったからではないか。そう考えると、子どもの夏休みが長かった理由も少し変わってきます。人生の総日数に対する比率が大きかったからではなく、単に予定が詰まっておらず、初めてのことばかりだったから、記憶に残る出来事の密度が高い。振り返ったときに濃く長く感じられるのは、そちらの効果でしょう。
千葉大学の一川誠さんも『大人の時間はなぜ短いのか』(集英社新書、2008年)で、年齢だけが体感時間を決めているわけではなく、厳密な反比例よりずっとゆるやかな関係だと指摘しています。
ジャネーの法則は、法則というより、うまくできた比喩に近いのだと思います。当たっている部分——振り返った十年が縮むこと——は確かにあり、当たっていない部分——今週の速さは年齢で決まらないこと——もある。もし来年の夏を長く感じたいなら、分母を減らすことはできませんが、分子を増やすことはできます。
参考にした資料
- Paul Janet, "Une illusion d'optique interne," Revue Philosophique de la France et de l'Étranger, 1877
- William James, The Principles of Psychology, 1890
- Pierre Janet, L'évolution de la mémoire et de la notion du temps, 1928
- Marc Wittmann & Sandra Lehnhoff, "Age Effects in Perception of Time," Psychological Reports, 97, 921–935, 2005
- William J. Friedman & Steve M. J. Janssen, "Aging and the speed of time," Acta Psychologica, 2010
- Steve M. J. Janssen, Makiko Naka & William J. Friedman, "Why does life appear to speed up as people get older?," Time & Society, 22(2), 274–290, 2013
- 一川誠『大人の時間はなぜ短いのか』集英社新書、2008年
- ドゥーヴェ・ドラーイスマ『なぜ年をとると時間の経つのが速くなるのか』(記憶と時間感覚をめぐる解説書)