宝くじの高額当選者は、朝ごはんや友だちとの雑談の楽しさを、当選していない人より低く採点した。5点満点で3.33対3.82。ただし、調べられたのは22人でした。
朝ごはんを食べる。テレビを見る。友だちと冗談を言い合う。雑誌をめくる。服を買う。——こうしたありふれた行為が、いまのあなたにとってどのくらい楽しいか。0から5の数字で答えてください。
1970年代の後半、イリノイ州で調査員がこの質問票を持って歩いていました。答える側は、州の宝くじで少なくとも5万ドル、多い人で100万ドルを当てたばかりの人たちです。当時の5万ドルは、家が買える金額です。
3.33という数字
まとめたのは、ノースウェスタン大学のフィリップ・ブリックマンら3人。1978年に発表した論文には、3つのグループの答えが並んでいます。当選者22人、同じ地域に住む当選していない人22人、そして事故で麻痺の残った人29人です。
まず「いま、どのくらい幸せか」。当選者は4.00、近所の人は3.82。差はほとんどなく、統計的に意味のある開きではありませんでした。大金を手にした人が、隣人と同じくらいの幸福度だった。これがこの研究の有名なほうの結論です。
もうひとつの質問が、冒頭のありふれた出来事7項目でした。こちらは向きが逆でした。当選者3.33に対し、近所の人3.82。当選者のほうが、日常のささやかな楽しみをはっきり低く採点したのです。ブリックマンらの説明は「対比」でした。当選という強烈な体験と並べてしまうと、朝のコーヒーの目盛りが下がる。人は良いことにも慣れる、というだけでなく、良いことがものさしのほうを書き換えてしまう。
この「走り続けないと同じ場所にいられない」という比喩を、ブリックマンはドナルド・キャンベルとの1971年の論文ですでに使っていました。ヘドニック・トレッドミル、日本語で快楽順応と呼ばれます。
「車いすの人と同じ」は言い過ぎ
この研究はしばしば「宝くじの当選者は、事故で麻痺した人と同じくらいしか幸せではなかった」という形で紹介されます。ここは正確ではありません。
麻痺の残った人たちの「いまの幸福度」は2.96。近所の人の3.82とは0.86の開きがあります。彼らは明確に、そして当然ながら幸福度が低かった。この研究が示したのは「不幸が幸福に変わる」ことではなく、「差が、多くの人が想像するほど大きくはならない」ことです。
ただし、ありふれた出来事のほうでは奇妙なことが起きています。麻痺の残った人の点数は3.48。当選者の3.33を上回っているのです。同じ朝ごはんに、宝くじに当たった人より高い点を付けていた。この一点だけは、よく紹介される要約よりも、ずっと刺さる話だと思います。
22人でわかること
問題は、この結論がどれだけ確かかです。当選者22人は、統計としてかなり心もとない数です。しかもグループ間の背景をそろえる処理がほとんどされていません。たとえば当選者側は学歴を持たない人の割合が高かったと指摘されています(当選者の32%に対し比較群は18%)。いまの基準なら、この差を調整する分析を求められるはずです。著者たち自身も論文の中でサンプルの小ささを認めていて、慎重に読むべきだと書いています。
にもかかわらず、この22人は40年以上「お金では幸せは買えない」の科学的根拠として引かれ続けました。
2020年、その前提が揺れます。エリック・リンドクヴィスト、ロバート・エストリング、デイヴィッド・チェザリーニの3人が、スウェーデンの宝くじ参加者を大規模に調べた結果を『Review of Economic Studies』に発表しました。当選から5年から22年が経った人たちに調査票を送り、条件の近い非当選者と比べる。分析手順は事前に登録しました。
結果は、高額当選者の生活満足度が上がり、その上昇が10年以上たっても薄れていない、というものでした。順応して元に戻る気配が見つからなかった、と書かれています。ドイツの長期パネルを使った再検討にいたっては、論文の副題そのものが「ブリックマンを覆す」です。
上がったのは、どの幸せか
とはいえ、快楽順応が丸ごと否定されたわけでもありません。
スウェーデンの研究でいちばん大きく上がったのは「生活満足度」——人生を全体として振り返って評価する種類の答えでした。一方、「いま気分はどうか」に近い幸福感やメンタルヘルスの指標への効果は、それよりはっきり小さい。経路をたどると、お金の面での満足が太い線として出てきます。
つまり、人生の点検表に書き込む点数は上がる。でも火曜日の午後の気分は、思ったほど変わらない。ブリックマンが測っていたのは、どちらかといえば後者に近いものでした。
セットポイント理論——人には生まれつきの幸福度の基準値があり、何があっても結局そこへ戻る——という考え方も、2000年代に修正されました。リチャード・ルーカスらがドイツの長期データを調べたところ、失業した人は再就職したあとでさえ、平均すると以前の満足度に届いていません。良いことにも悪いことにも、人は「戻る」というより「一部だけ戻る」ようです。
ものさしが書き換わるのは本当らしい。ただし、書き換わったあとの目盛りが元に戻るとはかぎらない。宝くじの話としてはずいぶん地味な結論ですが、麻痺の残った人が朝ごはんに3.48を付けていた、という数字を思い出すと、それはそれで妙な希望のようにも読めます。
参考にした資料
- Brickman, P., Coates, D., & Janoff-Bulman, R. (1978)「Lottery winners and accident victims: Is happiness relative?」Journal of Personality and Social Psychology 36(8), 917–927
- Brickman, P., & Campbell, D. T. (1971)「Hedonic relativism and planning the good society」Adaptation-Level Theory(M. H. Appley 編)所収
- Lindqvist, E., Östling, R., & Cesarini, D. (2020)「Long-Run Effects of Lottery Wealth on Psychological Well-Being」The Review of Economic Studies 87(6), 2703–2726
- Odermatt, R., & Stutzer, A.「Lottery Wins and Satisfaction: Overturning Brickman in Modern Longitudinal Data on Germany」The Economics of Happiness 所収
- Lucas, R. E., Clark, A. E., Georgellis, Y., & Diener, E. (2003)「Reexamining adaptation and the set point model of happiness: Reactions to changes in marital status」Journal of Personality and Social Psychology 84(3), 527–539
- Lucas, R. E., Clark, A. E., Georgellis, Y., & Diener, E. (2004)「Unemployment alters the set point for life satisfaction」Psychological Science 15(1), 8–13
- World Database of Happiness(エラスムス大学ロッテルダム)のブリックマン1978年調査の記録