有名な曲線が示すのは「忘れた割合」ではなく「覚え直しがどれだけ楽になるか」。そして忘れかけたころの復習がいちばん効く。
1880年代のドイツに、自分の脳を実験台にした研究者がいました。ヘルマン・エビングハウス。彼は「WID」「ZOF」のような意味のない3文字の綴りを何百個も作り、それをひたすら暗記しては、時間を置いて覚え直す、という作業を数年にわたり自分ひとりで繰り返しました。
意味のない綴りを使ったのは、連想やイメージの力を排除して、記憶の「素の減り方」を測るためです。この執念の自己実験から生まれたのが、あの有名な忘却曲線です。
よくある誤読
このグラフは「20分後には42%忘れる」「1日で74%忘れる」という形でよく紹介されます。ただ、エビングハウスが実際に測ったのは「忘れた量」ではありません。彼が記録したのは節約率——一度覚えたものを覚え直すとき、最初と比べてどれだけ手間が省けたかです。
20分後の節約率58%というのは、「42%忘れた」ではなく「覚え直しの労力が58%節約できた(=最初の42%ぶんの手間はかかった)」という意味です。数字の並びが似ているので混同されがちですが、「頭から4割消えた」と言い切るのは元データより強い主張になります。当ラボの動画でも、ここは「覚え直しに必要な量」として扱いました。
とはいえ大筋のメッセージは変わりません。**記憶は最初の数時間で急激に薄れ、その後はゆるやかに減っていく。**この崖のような形が本体です。
崖の途中に杭を打つ
この形が分かると、復習の戦略が立ちます。覚えた直後に10回繰り返すより、忘れかけたタイミングで思い出し直す方が、記憶は長持ちします。いわゆる分散学習で、当日→翌日→数日後→1週間後のように間隔を広げながら復習していく方法は、現代の記憶研究でも効果が確認され続けている、数少ない「はっきり効く勉強法」のひとつです。
思い出せそうで思い出せない、あの引っかかる感じは、実は絶好のタイミングです。労力をかけて思い出したものほど、記憶は強く固定されます。スラスラ読み返せる復習は気持ちがいいですが、気持ちよさと効果は、残念ながら別物のようです。
参考にした資料
- Ebbinghaus, H. (1885) "Über das Gedächtnis"(『記憶について』)
- 節約率と忘却曲線の誤読に関する解説(日本語の心理学系解説記事)
- 分散学習・検索練習の効果に関する認知心理学の解説