先に小さなお願いを引き受けた家は、玄関が隠れるほどの看板を立てる頼みにも76%が応じました。何も頼まれていなかった家では16.7%です。ただしその後の研究をまとめると、効果は「確かにあるが、小さい」ものでした。
見せられたのは、1枚の写真です。感じのいい一軒家の前庭に「Drive Carefully(運転は慎重に)」と書かれた大きな看板が立っていて、家の正面の大部分がふさがれ、玄関は完全に見えません。文字もあまり上手ではない。「これをお宅の庭に1週間から10日ほど立てさせてもらえませんか」と頼まれます。
わざと感じの悪い写真を用意したのは、1966年にこの実験を行ったスタンフォード大学のジョナサン・フリードマンとスコット・フレイザーです。断られて当然のお願いを作っておいて、それでも引き受けてしまう条件を探したかったわけです。
3インチ四方の紙が変えたもの
舞台はカリフォルニア州パロアルトの住宅街でした。いきなり看板を頼まれた家では、引き受けたのは24軒中16.7%。6軒に1軒です。
別のグループの家には、その2週間ほど前に別の調査員が訪れていました。お願いの中身は「『Be a safe driver』と書いた小さな紙を窓か車に貼ってもらえませんか」。約7.5センチ四方の、糊もついていない薄い紙です。論文には、見た目もかなり素人くさかったと書かれています。
この家々に看板の話を持ちかけると、承諾は76%に上がりました。看板を頼んだのは最初とは別の人で、名乗った団体名も違います。つまり「さっきの人に悪いから」という義理では説明できません。
もっと意外なのは、最初のお願いが看板とほとんど関係なくても効いたことです。「カリフォルニアを美しく」という請願書に署名しただけの家でも、交通安全の看板を引き受けた割合は47%台。条件によって差はありましたが、どの群も一度も頼まれていない家を上回りました。
同じ論文の1つめの実験は電話で行われています。まず台所用洗剤について8つの簡単な質問に答えてもらい、3日後に「男性5〜6人がお宅に2時間お邪魔して、戸棚の日用品を全部調べたい」と頼む。いきなり頼まれた主婦の承諾は22.2%、先に質問に答えていた人では52.8%でした。
「私はこういう人だ」という思い込み
フリードマンとフレイザーが有力と考えたのは、自分に対する見方が変わるという説明です。小さな紙を貼った人は、「自分は地域のことに協力する人間だ」と自分を捉え直す。そうなると、次のお願いを断ることは、その自己像と食い違ってしまいます。
これはのちに、ダリル・ベムの「自己知覚理論」とつながって整理されました。人は自分の気持ちを、自分の行動を見て推測している、という考え方です。一度OKした自分を見て「協力的な人」だと判断し、それに合わせて振る舞う。よく言われる「一貫性を保ちたい心理」を、もう一段くわしく言い直したものといえます。
効果は本物、ただし小さい
ここからが、有名な数字の続きです。
1983年、アーサー・ビーマンらは1966年から1981年までのフット・イン・ザ・ドア研究を集めて、メタ分析(複数の研究の結果をまとめて評価する方法)を行いました。結論は「統計的には確かにある。ただし効果は小さい」。効果が見られなかった研究や、逆に承諾が下がった研究も少なからずありました。
1999年にジェリー・バーガーが100本を超える研究をまとめ直したレビューでも、効き方は条件しだいだとされています。自己イメージが変わるという説明と合う条件、たとえば最初のお願いを実際にやってもらう、見返りなしで引き受けてもらう、社会のためになる内容にする、といった場合には効きやすい。反対に、最初のお願いがあまりに小さすぎたり、お礼やお金を渡したりすると、「お金のためにやった」と解釈できてしまうので効果は弱まります。
もう1つ気をつけたいのは、元の実験の規模です。看板実験の各グループは20軒前後でした。76%という数字は、25軒中の19軒ほどにあたります。発想の見事さに比べると、数字そのものはかなり小さな標本から出ています。
営業の本で「必ず効くテクニック」として紹介されることもありますが、研究の蓄積から言えるのは「条件がそろえば、少し通りやすくなる」くらいのところです。
むしろ使い道があるのは、頼まれる側に回ったときかもしれません。アンケートに1問だけ答えた直後、署名に応じた直後に、もう一段大きな頼みごとが来たら、「さっき引き受けた自分」に合わせて答えていないか、一度考えてみる。それだけでも、この実験を知っている意味はありそうです。
参考にした資料
- Freedman, J. L., & Fraser, S. C. (1966). Compliance without pressure: The foot-in-the-door technique. Journal of Personality and Social Psychology, 4(2), 195–202.
- Beaman, A. L., Cole, C. M., Preston, M., Klentz, B., & Steblay, N. M. (1983). Fifteen years of foot-in-the-door research: A meta-analysis. Personality and Social Psychology Bulletin, 9(2), 181–196.
- Burger, J. M. (1999). The foot-in-the-door compliance procedure: A multiple-process analysis and review. Personality and Social Psychology Review, 3(4), 303–325.
- Bem, D. J. (1972). Self-perception theory. Advances in Experimental Social Psychology, 6, 1–62.
- Encyclopedia of Social Psychology(SAGE)「Foot-in-the-Door Technique」の項