実際の成績は下から12%の位置なのに、本人の見積もりは「上から4割くらいには入っている」——1999年の実験はそう報告しました。ただし、ネットで出回る「馬鹿の山」「絶望の谷」のあの曲線は、論文のどこにも載っていません。

横軸に知識、縦軸に自信。自信だけが先に跳ね上がって「馬鹿の山」の頂上に立ち、そこから「絶望の谷」へ転げ落ちて、あとはゆるやかに登り直す。勉強法やビジネスのスライドで見たことがあるはずです。

あれは1999年の論文には出てきません。ダニングのその後の研究にもありません。2000年代半ばに誰かが描いた図が、引用を繰り返されるうちに原著のものとして扱われるようになった、というのが実際のところです。論文にあるのは、右肩上がりの実力の線と、ほぼ水平な自己評価の線が、左端で開いて右端で近づく——山も谷もない、ハサミのような図です。

レモン汁を塗った強盗

出発点は論文ではなく事件でした。1995年1月、ピッツバーグで男がふたつの銀行を続けて襲います。マクアーサー・ウィーラー。覆面もサングラスもなく、顔にレモン汁を塗っただけの姿でした。レモン汁は炙り出しのインクになる、だから顔に塗れば防犯カメラに写らない——そう信じ、ポラロイドで自分を撮って確かめてすらいたそうです。映像が放送されるとまもなく逮捕され、証拠を前にした彼の言葉が「でも、汁は塗ったんだ」でした。

この一件を年鑑で読んだコーネル大学のデイヴィッド・ダニングが、大学院生のジャスティン・クルーガーと始めたのが、のちに彼らの名前で呼ばれる研究です。

実験室で測られていたこと

学部生にユーモアのセンス、論理的推論、英文法のテストを受けてもらい、終わったあとで「同級生のなかで自分は上位何パーセントに入ると思うか」と尋ねる。この形の研究を4つ重ねたのが1999年の論文です。

いちばん引用されるのが下位25%グループの数字で、実際の平均は12パーセンタイル、つまり下から12%の位置。それに対する自己評価の平均は62パーセンタイル、「まあ上から4割には入っているだろう」でした。一方、成績上位のグループは自分を7割あたりに置いていて、こちらは実際よりやや低めです。

ここで論文が言おうとしたのは「できない人は自信家だ」ではありません。正解を出す知識と、自分の誤りに気づく知識が同じものである以上、できない人は自分ができていないことにも気づけない、という二重の不利の話です。だから4つ目の研究では、論理的推論の考え方を短時間教えてから自己評価をやり直させています。すると下位グループの見積もりは実際の成績に近づきました。腕が上がると自己採点も正確になる。この部分はミームに残りませんでした。

乱数を入れても同じ絵になる

批判の中心は、あのハサミ形の作り方そのものにあります。

ひとつは平均への回帰。テストの点にも自己評価にも当日の運や体調が混じるため、実際の点が極端に低かった人ほど自己評価は真ん中寄りに出ます。統計につきものの現象で、心の働きとは関係がありません。もうひとつは、多くの人が自分を「平均よりちょっと上」と答える傾向。この2つを重ねるだけで、自己評価の線は水平に、実力の線は右肩上がりになり、あの形が出てきます。

エドワード・ナーファーらは2016年と2017年に『Numeracy』誌で、まったくの乱数から同じ形のグラフが描けることを示しました。1,154人ぶんの科学リテラシーの自己評価を分析しても、自己評価が一般に過度に甘いという強い傾向は見つからなかったといいます。2020年にはギニャックとザイェンコフスキが『Intelligence』誌に「ダニング=クルーガー効果は(ほぼ)統計的な人工物である」という論文を出し、知能検査の実測と自己評価のズレは能力の高低によらずほぼ一定だったと報告しました。

ただし決着したわけでもありません。2023年にはヒラーが同誌に、ギニャックらの結論は自己評価の数値の変換の仕方から生じた可能性がある、と反論しました。より大きいのは2021年に『Nature Human Behaviour』誌に出たジャンセンらの研究です。オンラインで各3,000人以上を集めて元実験を再現し、数理モデルで分解すると、成績下位の人は自分の答えが合っているかの判断そのものが苦手だ、という向きの証拠が出ました。統計を差し引いても何かは残る。ダニング自身も2022年に同趣旨の反論をしています。

日本で同じ形になるとは限らない

日本語で読むときの注釈をひとつ。

ハサミ形の半分を支えているのは「自分は平均より上」と答える傾向ですが、その強さは文化でかなり違います。スティーヴン・ハイネと濱村武志が2007年にまとめた91件の比較では、欧米圏でははっきり出る一方(効果量0.87)、東アジア圏ではほぼゼロ(-0.01)。日本の調査では、むしろ自分を低めに申告する傾向が繰り返し報告されています。

だとすると「自信満々な人ほどあやしい」という言い回しを、日本の職場や教室にそのまま持ち込むのは、たぶん無理があります。

残っているのは、もっと地味な一行です。自分の実力を測る精度は、実力そのものと少しだけ連動している。裏を返せば、自信の量から他人の能力を測るのは分が悪い。皮肉なことに、この効果の名前がいちばん自信たっぷりに使われる場面——「あの人はダニング=クルーガーだ」——が、論文の言っていないことを言っている場合がいちばん多いようです。

参考にした資料

  • Kruger, J., & Dunning, D. (1999)「Unskilled and Unaware of It: How Difficulties in Recognizing One's Own Incompetence Lead to Inflated Self-Assessments」Journal of Personality and Social Psychology 77(6), 1121–1134
  • Nuhfer, E. ら (2016)「Random Number Simulations Reveal How Random Noise Affects the Measurements and Graphical Portrayals of Self-Assessed Competency」Numeracy 9(1)
  • Nuhfer, E. ら (2017)「How Random Noise and a Graphical Convention Subverted Behavioral Scientists' Explanations of Self-Assessment Data」Numeracy 10(1)
  • Gignac, G. E., & Zajenkowski, M. (2020)「The Dunning-Kruger effect is (mostly) a statistical artefact」Intelligence 80
  • Hiller, A. (2023) 上記への Comment、Intelligence 97
  • Jansen, R. A., Rafferty, A. N., & Griffiths, T. L. (2021)「A rational model of the Dunning–Kruger effect supports insensitivity to evidence in low performers」Nature Human Behaviour 5, 756–763
  • Heine, S. J., & Hamamura, T. (2007)「In Search of East Asian Self-Enhancement」Personality and Social Psychology Review 11(1)
  • 1995年ピッツバーグ連続銀行強盗事件の経緯: Wikipedia「1995 Greater Pittsburgh bank robberies」
  • ダニング=クルーガー効果をめぐる論争の整理: The Psychologist(英国心理学会)