覚えたときと同じ環境だと思い出しやすい、という「文脈依存記憶」は実在すると考えられています。ただ、効果は思われているより小さく、有名なダイバー実験は2021年の追試で再現しませんでした。

2021年、オランダのアムステルダム大学にいる記憶研究者ヤープ・ムレは、16人のダイバーに協力してもらい、ある古い実験をそっくりやり直しました。陸の上で単語を聞いて覚え、水の中で思い出す。水の中で覚えて、陸で思い出す。組み合わせを全部試して、どの条件でいちばん思い出せるかを比べる実験です。

結果は、元の論文とは違っていました。覚えた場所と同じ場所で思い出しても、成績は良くならなかったのです。

やり直されたのは、心理学の教科書で「勉強した場所で思い出しやすくなる」の証拠としてほぼ必ず出てくる、1975年の実験でした。

陸と水中を行き来した18人

元の実験を行ったのは、イギリスのダンカン・ゴッデンとアラン・バドリーです。バドリーは「ワーキングメモリ」の理論で知られる記憶研究の大家で、二人は1975年に『British Journal of Psychology』で結果を発表しました。

参加したのはダイビングクラブの18人。2〜3音節の関係のない単語36語を、陸の上か水中で耳から聞いて覚え、4分ほどたってから、同じ場所か別の場所で思い出せるだけ書き出します。

結果は、覚えた場所と思い出す場所がそろっているほうが、はっきり多く思い出せたというものでした。陸で覚えたなら陸で、水中で覚えたなら水中で。景色、水の冷たさ、呼吸の音、体の重さ。そうしたまわりの状況が単語と一緒に記憶に刻まれ、思い出すときの手がかりになる、と二人は考えました。これが「環境的文脈依存記憶」と呼ばれる現象です。

この実験が広く知られたのは、陸と水中という極端な対比のわかりやすさもあったのでしょう。試験勉強は試験会場に近い静かな部屋で、という勉強法の話にも、たびたび引用されてきました。

実は最初から「条件つき」だった

見落とされがちですが、ゴッデンとバドリー自身が1980年に続きの実験を出しています。今度は思い出して書き出すのではなく、単語を見せて「さっきのリストにあったか」を答えてもらう、再認と呼ばれるテストにしました。すると場所の効果は見られませんでした。手がかりなしで自力で引き出すときには環境が助けになるが、答えの候補が目の前にあるなら環境はあまり関係ない、ということです。

効果の大きさについても、まとまった数字があります。アメリカの心理学者スティーブン・スミスとヴェラは2001年、この分野の研究をまとめたメタ分析を発表しました。環境を変えると思い出す量が減る傾向は確かにあるものの、効果量の平均はd=0.28ほど。心理学の目安では「小さめ」に入る大きさです。

スミスはそれより前の1979年に、もうひとつ面白い結果を報告しています。別の部屋でテストを受けるとき、覚えたときの部屋を頭の中で思い浮かべてもらうと、同じ部屋で受けた人と同じくらい思い出せたというのです。何も工夫せずに部屋が変わった人は、ほかの条件のおよそ3分の2しか思い出せませんでした。手がかりになるのは場所そのものというより、頭の中にある「そのときの状況」なのかもしれません。

追試が外れても、現象が消えたわけではない

では、ムレの追試で再現しなかったのはなぜか。ムレ自身も論文の中で、元の実験とは場所も時代も参加者も違い、条件をそろえきれない部分があったことを検討しています。翌2022年には、ほかの研究者の指摘を受けて分析の誤りを直した補遺も出しましたが、結論は「再現できなかった」のままでした。16人という人数では、もともと小さい効果をとらえきれなかった可能性もあります。

文脈依存記憶という現象そのものは多くの研究で確かめられていますが、「同じ場所で勉強すれば点数がぐっと上がる」ほどの強い力ではない、というのが今のところの落ち着きどころです。

実用的に考えるなら、本番の会場で勉強できないことを気に病む必要はあまりなさそうです。むしろ、場所を変えながら覚えたほうが特定の環境に頼らない記憶になる、とする研究もあります。そして試験中に思い出せなくなったら、覚えたときの机や窓の外の景色を、少しだけ思い浮かべてみる。スミスの実験が正しければ、それだけで手がかりがひとつ戻ってきます。

参考にした資料

  • Godden, D. R., & Baddeley, A. D. (1975). Context-dependent memory in two natural environments: On land and underwater. British Journal of Psychology, 66(3), 325–331.
  • Godden, D., & Baddeley, A. (1980). When does context influence recognition memory? British Journal of Psychology, 71, 99–104.
  • Smith, S. M. (1979). Remembering in and out of context. Journal of Experimental Psychology: Human Learning and Memory, 5, 460–471.
  • Smith, S. M., & Vela, E. (2001). Environmental context-dependent memory: A review and meta-analysis. Psychonomic Bulletin & Review, 8(2), 203–220.
  • Murre, J. M. J. (2021). The Godden and Baddeley (1975) experiment on context-dependent memory on land and underwater: a replication. Royal Society Open Science, 8, 200724.(2022年の補遺を含む)
  • FORRT「FLoRA Replication Atlas」の再現性の記録、Wikipedia英語版「Context-dependent memory」