24種類のジャムを並べたときの購入率は3%、6種類なら30%。有名な数字ですが、その差をつくった購入は合わせて38件でした。2010年に50の実験を集めたメタ分析では、選択肢の多さが選択を妨げる効果は平均するとほぼゼロと報告されています。
カリフォルニア州メンローパークに、ドレーガーズという高級食料品店があります。マスタードが約250種類、オリーブオイルが約75種類、ジャムにいたっては300種類以上。棚を埋めることそのものが売りの店です。
1990年代半ば、その一角に試食台が置かれました。コロンビア大学のシーナ・アイエンガーとスタンフォード大学のマーク・レッパーによる実験です。並べるジャムの数は1時間ごとに24種類と6種類を入れ替え、土曜日を2日つかって買い物客の動きを記録しました。結果は2000年に「選択が意欲を削ぐとき」という題で論文になり、その後の20年で、たぶん心理学でいちばん引用された食品売り場になりました。
足は止まる、けれど買わない
数字は二段階に分かれています。
まず、足が止まるかどうか。24種類の台には、前を通った客のおよそ60%が立ち寄りました。6種類の台は40%。品数が多いほうが人を引き寄せる、というのは直感どおりです。
次に、買うかどうか。試食した人には割引クーポンが渡され、その週のうちに使われたかを追跡します。24種類の台に寄った人のうち、実際に買ったのは約3%。6種類の台では約30%でした。
引き寄せる力は1.5倍、買わせる力は10分の1。この逆転が「選択のパラドックス」と呼ばれ、2004年にバリー・シュワルツが同名の本を出すと、ジャムの話は「選択肢は減らしたほうがいい」という主張の看板になりました。
同じ論文には、67人にチョコレートを6種類または30種類から選ばせた実験も入っています。選ぶ過程そのものは30種類のほうが楽しいと報告されたのに、選んだあとの満足度は下がりました。
10倍の差の中身は、38個の瓶だった
ここで、割合ではなく実数に戻してみます。
24種類の台に立ち寄った客のうち、クーポンを使ったのは4人。6種類の台では34人。合計38人です。あの有名な「10倍」は、ある高級スーパーの2日間で売れた38個のジャムから出てきた数字ということになります。
論文が間違っているという話ではありません。統計的な差は出ていますし、実店舗で人の行動をそのまま測った研究は当時ほとんどありませんでした。ただ、片方の条件の購入者が一桁だと、たまたま4人が5人だったか3人だったかで比率は大きく動きます。しかもこの実験が測ったのはクーポンが使われたかどうかだけで、買った人が満足したかどうかは聞いていません。
さらに、試食台に寄った時点で、その人たちは自分で寄ることを選んでいます。24種類の台のほうが多くの人を引き寄せたということは、6種類の台に寄った40%のほうが、もともと買う気の強い人に偏っていた可能性が残ります。
50の実験を集めたら、平均はほぼゼロだった
2000年代を通じて、同じことを確かめようとする研究があちこちで行われました。ベンヤミン・シャイベヘンネは博士論文のために、ドイツの高級スーパーでジャムを使った直接の再現を試みました。差は出ませんでした。共同研究者のライナー・グライフェンダーによるチョコレートの再現も、効果を再現できていません。
そこで彼らはピーター・トッドと組み、この主題で見つかるかぎりの実験を、未発表のものも含めて集めました。2010年に『ジャーナル・オブ・コンシューマー・リサーチ』に出た論文がそれで、50の実験・63条件・のべ5,036人分。結論はそっけないものでした。平均効果量はほぼゼロ。ただし研究ごとのばらつきは大きい。効果が存在しないと証明したわけではなく、平均すると消えてしまうほど条件に左右される、という報告です。
では、どういうときに起きるのか
2015年、アレクサンダー・チェルネフらは切り口を変え、99件の観測・のべ7,202人を集め直しました。「効果があるかないか」ではなく「どんなときに出るか」を測る設計です。そこで浮かんだのが、次の4つの条件でした。
- 選択肢そのものの複雑さ(比べる項目が多い、似ていて違いが分かりにくい)
- 決める作業の難しさ(時間がない、情報が足りない)
- 自分の好みがはっきりしていないこと
- そもそも買う気が固まっていないこと
これらがそろう場面では効果がはっきり現れ、そろわない場面では消えるか、むしろ多いほうがよくなる。品数が多いこと自体が人を止めるのではなく、「比べにくいものを、決めきれていない状態で、急いで選ばされる」という状況が人を止める、という整理です。
そう考えると、ドレーガーズの試食台はその条件をきれいに満たしていました。買いに来たわけでもないのに足を止め、似た瓶を並べられ、通路の真ん中で決めることになる。逆に、目当ての銘柄が決まっている人にとって、棚に300種類あることはたぶん何の障害でもありません。
選択肢を減らせば売れる、という命題は、少なくとも「いつでもそうだ」という形では支持されていません。ただ、決めあぐねているとき、原因を意志の弱さに求める前に「比べにくいものを、好みも決まらないうちに選ぼうとしていないか」と一段戻ってみる価値はありそうです。減らすべきは選択肢の数ではなく、比べる軸の数かもしれません。
参考にした資料
- Iyengar, S. S., & Lepper, M. R. (2000). "When Choice is Demotivating: Can One Desire Too Much of a Good Thing?" Journal of Personality and Social Psychology, 79(6), 995–1006.
- Scheibehenne, B., Greifeneder, R., & Todd, P. M. (2010). "Can There Ever Be Too Many Options? A Meta-Analytic Review of Choice Overload." Journal of Consumer Research, 37(3), 409–425.
- Scheibehenne, B., Greifeneder, R., & Todd, P. M. (2009). "What Moderates the Too-Much-Choice Effect?" Psychology & Marketing, 26(3), 229–253.
- Chernev, A., Böckenholt, U., & Goodman, J. (2015). "Choice Overload: A Conceptual Review and Meta-Analysis." Journal of Consumer Psychology, 25(2), 333–358.
- Schwartz, B. (2004). The Paradox of Choice: Why More Is Less.
- Jason Collins「Not the jam study again」(個人ブログ、再現性に関する整理)