助けが来ない理由は「冷たい人が多い」ではなく「人が多い」。緊急時に人を動かすには、群衆ではなく個人を指名する。
1964年、ニューヨークでキティ・ジェノヴィーズという女性が自宅近くで襲われ、亡くなりました。当時の新聞は「38人の隣人が目撃しながら、誰も通報しなかった」と報じ、都会の冷淡さの象徴として世界中で語られることになります。
この報道に疑問を持ったのが、心理学者のダーリーとラタネでした。彼らの仮説はこうです。誰も助けなかったのは、人々が冷たかったからではなく、目撃者が大勢いたからではないか。
「自分がやらなくても」の数学
1968年、二人は実験でこれを確かめます。参加者を個室に入れてインターホン越しに会話させ、途中で相手の一人が発作を起こした(ように聞こえる)状況を作りました。
会話の相手が自分ひとりだと思っていた参加者は、85%がすぐ助けを求めに動きました。ところが「他にも4人が聞いている」と思っていた場合、動いた人は31%まで下がったのです。
目撃者が増えるほど、一人あたりの責任は薄まります。「自分がやらなくても誰かがやる」。全員がそう思えば、誰もやりません。これが責任の分散で、傍観者効果の中核です。加えて、周りが動いていないこと自体が「たいしたことではないのかも」という判断材料になってしまう働きも重なります。
事件の方は「伝説」だった
ここには後日談があります。2007年以降の検証で、そもそも「38人が見ていた」という報道自体が大きく誇張されていたことが分かりました。実際に襲撃をはっきり目撃できた人はごくわずかで、通報を試みた住人もいたのです。
つまり、傍観者効果という現象は実験で何度も確かめられた本物ですが、そのきっかけになった事件の語られ方は作られたものだった。「有名な話ほど、元をたどると形が違う」ことの見本のような経緯で、このサイトが出典をしつこく書くのは、こういうことがあるからです。
実用面の結論はシンプルです。もしあなたが助けを求める側になったら、「誰か救急車を!」ではなく、一人を指差して「あなたが救急車を呼んでください」。責任の分散は、指名した瞬間に消えます。
参考にした資料
- Darley, J. M. & Latané, B. (1968) "Bystander intervention in emergencies" Journal of Personality and Social Psychology
- Manning, R., Levine, M. & Collins, A. (2007) "The Kitty Genovese murder and the social psychology of helping" American Psychologist
- 傍観者効果・援助行動に関する社会心理学の解説(日本語)