1951年のアッシュの実験では、答えが明らかな課題でも回答の3分の1ほどが集団の誤答に同調しました。ところが1980年にイギリスで同じ手順をなぞると、396回の判定のうち集団に合わせたのは1回だけでした。
396回のうち、1回。
これは1980年にイギリスで行われた、ある有名な実験の追試の結果です。元の実験では3分の1ほどが集団に流れたはずでした。手順はほぼそのまま。違うのは、場所と年代と、椅子に座った人たちだけです。
まずは元の実験から見ていきます。
間違えようのない課題を、わざと全員で間違える
1951年、スワースモア大学のソロモン・アッシュが用意したのは、拍子抜けするほど簡単な課題でした。1本の線が描かれたカードと、長さの違う3本の線が描かれたカードを見せ、同じ長さのものを選ばせる。ひとりで解けばほぼ全員が正解します。実際、集団の影響がない対照条件での誤答率は1%を下回っていました。
参加したのは男子学生50人。彼らは7〜8人の集団のひとりとして席につきますが、自分以外は全員が実験者側の協力者です。座る順番も仕組まれていて、本当の参加者はたいてい最後から2番目に答えることになります。
全18回のうち12回、協力者たちは全員そろって、明らかに違う線を指します。順に同じ答えが並び、自分の番が回ってくる。
このとき、回答全体のおよそ3分の1が誤答に同調しました。数字の出方は集計の取り方で少し変わり、1951年の報告では32%前後、1956年に123人の参加者をまとめた論文では36.8%とされています。少なくとも1回は流された人が約75%、一度も流されなかった人が約25%でした。
実験後の面接でアッシュが聞き取ったところによると、流れた人の多くは線の長さが本当にそう見えたと言ったわけではありません。自分の目が信じられなくなった人もいれば、間違っているのは分かっていたが、ひとりだけ違うことを言う場面を避けたかったと語った人もいました。
人数ではなく、全員一致が効いていた
アッシュは条件を変えながら、この圧力がどこから来るのかを詰めていきます。
まず協力者の人数を動かしてみると、こうなりました。
- 1人だけ …… 同調は3%程度
- 2人 …… 13%程度
- 3人以上 …… 32%程度
3人を超えたあたりから、増やしてもあまり変わりません。多数派の圧力は、人数に比例して積み上がるものではなかったわけです。
決定的だったのは、次の条件でした。協力者のうちひとりだけを正解側に回し、参加者と同じ答えを言わせる。それだけで同調は5%前後まで落ちます。多数派の人数はほとんど減っていないのに、8割方が消えたことになります。効いていたのは大きさではなく、全員が一致しているという状態のほうでした。
29年後、同じ手順で誰も流れなかった
冒頭の396回に戻ります。1980年、スティーヴン・ペリンとクリストファー・スペンサーが、イギリスの理工系の学生を相手にアッシュの手順を再現しました。結果は396回の判定のうち同調が1回。ふたりはこれを、アッシュ効果は「その時代の子ども」だったのではないかと表現しています。1950年代のアメリカ、赤狩りの記憶が生々しく、学生が社会のなかで目立たない存在だった時期の話ではないか、という見方です。
ただし、この追試だけで幕引きにはなりませんでした。批判のひとつは参加者の質で、理工系の学生は線の長さの判定に慣れていて、そもそも自信を持ちやすい集団だという指摘があります。そしてペリンとスペンサー自身が翌1981年に、条件を変えれば同調が戻ることを示しています。保護観察中の若者を参加者にし、協力者と実験者を保護観察官が務めた場合、アッシュに近い水準の同調が現れました。逆らうことの代償が実際に高い場面では、効果は健在だったわけです。
より広い見取り図としては、1996年にロッド・ボンドとピーター・スミスが17か国・133件の研究(参加者計4,627人)をまとめたメタ分析があります。ここでは、アメリカ国内の同調率が1950年代以降おおむね下がってきたこと、そして集団主義的とされる文化圏のほうが同調率が高い傾向が報告されています。同調は消えたのではなく、時代と場所と、その場の損得に左右される——というあたりが現在の落としどころです。
教科書が削ってきたのは、残りの3分の2だった
もうひとつ、この実験には引っかかりの多い後日談があります。
1990年、ロナルド・フレンドらが1953年から1984年までの社会心理学の教科書99冊を集め、アッシュの実験がどう紹介されてきたかを調べました。分かったのは、年代が下るほど同調の側が強調され、流されなかった側の記述が痩せていくことでした。2015年にリチャード・グリッグスが新しい世代の教科書で確認しても、同じ傾向が続いていました。
数字を素直に読めば、誤答に同調したのは回答全体の3分の1ほどで、残りの3分の2は集団と違う答えを言っています。一度も流されなかった人が4人に1人いた。アッシュ自身、この研究を独立性の実験としても書いていて、圧力に抗した人たちの語りを丁寧に記録しています。「同調実験」という呼び名は、後からついたラベルです。
そう考えると、味方がひとりいるだけで同調が5%まで落ちたという結果は、少し違う顔をして見えてきます。会議で最初に違う意見を言うのは、たしかに気が重い。ただしあの実験が示していたのは、その一言が場の全員一致を壊し、言えずにいた誰かの側の数字を動かしたということでもありました。
参考にした資料
- Solomon E. Asch (1951)「Effects of group pressure upon the modification and distortion of judgments」(H. Guetzkow編『Groups, Leadership and Men』所収)
- Solomon E. Asch (1956)「Studies of independence and conformity: I. A minority of one against a unanimous majority」『Psychological Monographs: General and Applied』
- Stephen Perrin & Christopher Spencer (1981)「Independence or conformity in the Asch experiment as a reflection of cultural and situational factors」『British Journal of Social Psychology』20巻
- Rod Bond & Peter B. Smith (1996)「Culture and conformity: A meta-analysis of studies using Asch's (1952b, 1956) line judgment task」『Psychological Bulletin』
- Ronald Friend, Yvonne Rafferty & Dana Bramel (1990)「A puzzling misinterpretation of the Asch 'conformity' study」『European Journal of Social Psychology』20巻
- Richard A. Griggs (2015)「The Disappearance of Independence in Textbook Coverage of Asch's Social Pressure Experiments」『Teaching of Psychology』
- Simply Psychology「Asch Conformity Line Experiment」(各条件の数値の確認に使用)