コーラ1本を受け取った学生は、くじ券を平均1.73枚買いました。何ももらわなかった学生は0.92枚。さらに奇妙なのは、券を買う枚数が「その相手を好きかどうか」とほぼ無関係になっていたことです。
コーラ1本は、いくらぶんの借りになるのでしょうか。
ふざけた問いに聞こえますが、半世紀前にきちんと値段をつけた人がいます。答えは、およそ20セントでした。
25セントのくじ券と、新車のコルベット
1971年、心理学者のデニス・リーガンが『Journal of Experimental Social Psychology』に発表した実験です。集められたのはスタンフォード大の1年生の男子81人。寮の部屋を訪ねて「美学の実験」だと説明し、謝礼1ドル75セントで参加してもらいました。
課題は絵の評価です。参加者の隣には、もう一人の参加者を装った協力者が座っています。途中の休憩で、この協力者が部屋を出て、コカ・コーラを2本持って帰ってきます。「自分のを買いに行くついでに、きみのぶんも買ってきた」。お金を返そうとしても受け取りません。
実験の終わりごろ、協力者はノートを破って参加者にメモを渡します。地元の高校の体育館を建てるためにくじ券を売っている、1枚25セント、賞品は新車のコルベット、いちばん売った人には50ドル出る——買ってくれないか、というお願いです。
売れた枚数は、コーラをもらったグループが平均1.73枚、何ももらわなかったグループが0.92枚でした。2枚以上買った人の割合で見ると、25%から58%へ跳ね上がっています。差額はおよそ20セント。10セントちょっとのコーラは、律儀に、しかも少し多めに返ってきたことになります。
好き嫌いのスイッチが切れる
この実験には、もうひとつ条件がありました。コーラをくれるのが、頼みごとをしてくる協力者ではなく、実験者だった場合です。もらったものは同じコーラ1本。それでも購入枚数は1.08枚で、何ももらわなかった場合とほとんど変わりませんでした。機嫌がよくなったから買った、という説明では足りません。効いていたのは「この人に借りがある」という一点でした。
リーガンはさらに、協力者の感じのよさも操作しています。電話口で失礼な話しかたをする姿をわざと見せ、印象を悪くしておくのです。ところがコーラをもらった参加者では、感じの悪い相手からも平均1.60枚売れました。感じのいい相手から何ももらわなかった場合の1.00枚を、あっさり上回っています。
数字で見るともっとはっきりします。何ももらっていない参加者では、相手への好感度と購入枚数の相関は0.46。好きな人ほど買ってあげていました。ところがコーラをもらった参加者では、この相関は0.14まで落ちて統計的に意味のない値になります。借りができた瞬間、好き嫌いの回路が使われなくなる、という言いかたもできそうです。
20%が返してくれたカードは、40年後に2%になった
ただし、この力がいつでもどこでも同じ強さで働くわけではないようです。
1976年、クンツとウールコットは見知らぬ578人にクリスマスカードを送りました。差出人にまったく心当たりのない人たちです。それでも約20%が、カードを返してきました。
2015年、ブライアン・マイヤーが同じことを755人に試したところ、返ってきたのは2%でした。マイヤーは理由として、見知らぬ相手が自分の住所を知っていること自体が不気味に受け取られた点と、寄付や勧誘のダイレクトメールに慣れた現代では、突然の好意が「好意」ではなく「手口」に見える点を挙げています。年代も対象も違うので厳密な追試とは言えませんが、示唆的ではあります。
似た話は組織の中でも報告されています。ベルミとフェファーが2015年に行った一連の実験では、同じ親切でも「会社の同僚として」受け取ったときのほうが、返さなければという気持ちが弱くなりました。相手の動機を本心ではなく立場のせいだと考えやすくなるためだ、と説明されています。
とはいえ、効かなくなったわけでもありません。2016年に『JAMA Internal Medicine』に載った調査では、製薬会社から20ドル未満の食事を一度受けただけの医師が、そのとき宣伝された先発薬を処方する割合が高くなっていました。対象は27万9千人あまり、薬によってオッズ比は1.18から2.18です。相手が誰なのか、何のための好意なのかがはっきりしている場面では、ランチ1回でもまだ十分に効くということでしょう。
試食も、無料サンプルも、名刺代わりのお菓子も、仕組みとしてはコーラ1本と同じです。受け取るのをやめる必要はありません。ただ、もらった直後にこちらから何かを決めるのは、たぶん少し不利です。好意はありがたく受け取って、判断だけ明日に回す。それくらいで十分だと思います。
参考にした資料
- Regan, D. T. (1971). Effects of a favor and liking on compliance. Journal of Experimental Social Psychology, 7, 627–639.
- Gouldner, A. W. (1960). The norm of reciprocity: A preliminary statement. American Sociological Review, 25.
- Kunz, P. R., & Woolcott, M. (1976). Season's greetings: From my status to yours. Social Science Research, 5.
- Meier, B. P. (2015). Bah humbug: Unexpected Christmas cards and the reciprocity norm. The Journal of Social Psychology, 155.
- Belmi, P., & Pfeffer, J. (2015). How "organization" can weaken the norm of reciprocity. Academy of Management Discoveries, 1(1).
- DeJong, C. ほか (2016). Pharmaceutical industry-sponsored meals and physician prescribing patterns for Medicare beneficiaries. JAMA Internal Medicine, 176(8).
- Discover Magazine(Neuroskeptic)「Only 2% of People Will Return A Christmas Card From A Stranger」