1965年の実験では、最初は冷たく後から褒めてきた相手がいちばん好かれました。ところが1972年の追試では、好感度を決めていたのは順番ではなく「好意的な評価を何回もらったか」のほうでした。順番の魔法は、思ったより脆いようです。
隣の部屋で、さっきまで話していた相手が、自分の印象を研究者に報告している。壁が薄いのか、声が漏れて聞こえてくる。「あまり賢そうには見えなかった」「話していて退屈だった」。聞こえてしまった以上、聞くのをやめられない。
これを7回くり返させる、というのが1965年に行われた実験でした。
7回の盗み聞き
エリオット・アロンソンとダーウィン・リンダーが『Journal of Experimental Social Psychology』の創刊巻に発表した研究です。参加者は女子学生80人。二人組で短い会話をし、そのあと隣室で相手が研究者に自分の評価を述べるのを盗み聞きする。相手はサクラで、評価の中身は台本どおりです。会話と盗み聞きを1セットとして、7セット。
台本は4種類ありました。
- 7回ともずっと好意的
- 7回ともずっと否定的
- 最初は否定的で、だんだん好意的になる(ゲイン)
- 最初は好意的で、だんだん否定的になる(ロス)
最後に、サクラへの好感度を21段階で答えてもらいます。平均点はゲイン条件が7.67、ずっと好意的が6.42、ずっと否定的が2.52、ロス条件が0.87。順位はこの4条件で明確に分かれました。
読み直すと、なかなか妙な結果です。7回とも褒めてくれた相手より、最初の数回けなしてから褒めてきた相手のほうが好かれている。7回ともけなし続けた相手より、途中で手のひらを返した相手のほうが嫌われている。合計点では説明がつきません。
褒め言葉には値崩れがある
アロンソンの説明は、人は評価の総量ではなく変化量に反応する、というものでした。好意的な評価が7回続くと、6回目や7回目の褒め言葉はもう情報を運ばなくなる。この人はどうせ褒めるのだから、と割り引かれてしまう。逆に、最初は評価してくれなかった人が認めてくれると、そこには「自分が何かを動かした」という手応えが伴います。
彼は後年の著書『The Social Animal』で、長年連れ添った配偶者からの「きれいだね」より、初対面の人からの同じ一言のほうが効いてしまう、という例え話を書いています。あくまで理屈を伝えるための例で、実験でそう測られたわけではありません。
効いていたのは順番ではなかった
この理論には、わりと早い段階で反証が出ています。
1972年、ジェローム・トニョーリとロバート・カイズナーが『Journal of Personality and Social Psychology』に「再現と拡張」と題した論文を出しました。結論は、評価者への好感度を決めていたのは好意的な評価を何回受けたかであって、それが前半に来たか後半に来たかではない、というものでした。つまり順番の効果は消え、単純な合計点が残った。
1991年には、そのものずばり「対人魅力におけるゲイン効果の頑健性の低さ」という題の論文が『European Journal of Social Psychology』に載ります。著者のコラーは3つの指標で好感度を測りましたが、ゲイン効果はそのどれにも現れませんでした。効果が出たのは、けなしたり褒めたりする評価者のほうが、いつも褒める評価者より信用できると見なされた条件だけ。信用度の差が出ないように条件をそろえると、今度は一貫して褒めた人のほうが好かれています。
ここが面白いところで、「落として上げる」が効くように見えていたのは、落差そのものの力ではなかったのかもしれません。厳しい人がついに認めた、という筋書きが成立したとき、その人の評価は当てになるという判断がついてくる。効いていたのは意外性ではなく、査定の信用度だったという読み方です。
1993年にアイザック・リプカスとキャリル・ラズボルトが191人を対象に行った研究では、評価が肯定的で、なおかつ振れ幅の大きい相手に、人はもっとも惹かれていました。変化に価値がないわけではない。ただし土台が肯定的であることが条件でした。
それは「ギャップ萌え」ではない
日本語ではこの効果が「ギャップ萌え」の説明として紹介されることが多いのですが、元の研究が扱っているのは、自分への評価が変化したときに、評価された側が評価者をどう思うかです。普段クールな人がふと笑うとかわいく見える、という第三者から見た魅力の話ではありません。翻訳される途中で別のものになっています。
そして仮に順番の効果が本当にあるとしても、使いどころはかなり限られます。ロス条件の0.87という数字を思い出してください。これは、最初から最後までけなし続けた2.52より低い。上げてから落とす損失は、落としてから上げる利得よりはっきり大きく出ています。狙って落としにいって、上げる前に関係が終わる確率のほうが高いでしょう。
残るのは、もう少し地味な話です。普段から評価が甘くない人の「よかった」は重い。それは技術ではなく、その人が日ごろどう振る舞ってきたかの結果でしかありません。
参考にした資料
- Elliot Aronson, Darwyn Linder「Gain and loss of esteem as determinants of interpersonal attractiveness」1965年、『Journal of Experimental Social Psychology』1巻2号 156–171頁。各条件の平均値は同論文Table 1を紹介した解説記事(unprinted)を参照しました
- Jerome Tognoli, Robert H. Keisner「Gain and loss of esteem as determinants of interpersonal attraction: A replication and extension」1972年、『Journal of Personality and Social Psychology』23巻2号 201–204頁
- Koller「The low robustness of the gain effect of interpersonal attraction: Some empirical and theoretical considerations」1991年、『European Journal of Social Psychology』21巻3号 239–248頁
- Isaac Lipkus, Caryl Rusbult「Reactions to individuals who are consistently positive or negative: The impact of differing interaction goals」1993年、『Human Relations』46巻4号 481–499頁
- Elliot Aronson『The Social Animal』(邦訳『ザ・ソーシャル・アニマル』)
- ゲイン・ロス効果と「ギャップ萌え」の混同については、note掲載の解説記事および心理学辞典の定義を参照しました