気まずい相手には小さな頼み事をするといい、という助言の根拠は1969年の実験です。ただし2016年に日米で行われた研究では、頼まれて助けた人は相手を好きになった一方、頼まれずに自分から助けた人にはその変化がありませんでした。効いていたのは労力ではなく、頼まれたという事実のほうでした。

苦手な相手と距離を縮めたいなら、何かしてあげるより小さな頼み事をするほうがいい——ビジネス書でも恋愛指南でもよく見る助言です。人に親切にすると、その人を好きになってしまうから、というのが決まり文句の説明です。

出どころははっきりしていて、ベンジャミン・フランクリンの自伝にある短いエピソードです。ただ、原文を読むと、通説とは少し違うところで話が終わっています。

1737年、フランクリンは本を借りた

フランクリンは1736年にペンシルベニア植民地議会の書記に選ばれました。1年目は無投票でしたが、翌年、新しく入ってきた議員が別の候補を推して長い演説をぶちます。結局フランクリンが選ばれたものの、相手は資産も教育もあり、今後議会で力を持ちそうな人物でした。

そこで彼が取った方法が、へつらうことではありませんでした。その議員の蔵書に「たいへん珍しい本」があると聞き、数日貸してほしいと手紙を書きます。本はすぐ届き、一週間ほどで返し、そのときにもう一通、強い感謝の手紙を添えました。次に議場で会ったとき、それまで一度も口をきいたことのなかった相手が、丁重に話しかけてきた。以後その議員は何かにつけ力を貸すようになり、二人は死ぬまで友人だった——自伝はそう書いています。

ここで見落とされがちなのが、フランクリン自身の位置づけです。彼はこれを自分の発見として書いていません。「一度あなたに親切をした人は、あなたが恩を施した相手よりも、もう一度親切にしてくれる」という、自分が昔から知っていた古いことわざの実例だ、と書いています。つまり出発点は理論ではなく格言で、証拠は本人が半世紀ほどのちに回想した一件だけ。相手の名前すら出てきません。

1969年、嫌われ役を演じた研究者

これを実験にしたのが、1969年に『Human Relations』に載ったジョン・ジェッカーとデイヴィッド・ランディの研究です。74人の学生を賞金つきのクイズ大会に集め、終わったあとで三つに分けました。

  • 実験者本人が「自分のポケットマネーで賞金を出していて苦しい、返してもらえないか」と直接頼む
  • 事務員が「心理学科の予算から出ていて足りない」と頼む
  • 何も言わない

そのあと全員に実験者の印象を評価してもらうと、もっとも高く評価したのは、本人から直接頼まれた人たちでした。事務員を経由した人たちの評価は、いちばん低くなっています。実験者はわざと感じの悪い人物を演じていたので、素の好感度が高かったわけではありません。

当時の説明は認知的不協和でした。感じの悪い相手にわざわざ賞金を返した自分がいる。この矛盾を埋めるために、脳は行動ではなく気持ちのほうを書き換える。「返したのだから、そこまで嫌いではないのだろう」と。

ただ、これは1960年代の一回きりの実験で、参加者は74人、指標は自己申告の印象評価です。ここから「人は助けた相手を好きになる」という法則を引き出す土台としては、少し細い。

頼まれずに助けた人は、好きにならなかった

その細さを埋めにいったのが、法政大学の新谷優が2016年に『The Journal of Social Psychology』で報告した研究です。日本とアメリカの参加者を対象に、実験協力者から助けを求められる条件と、求められないまま自分から手を貸す条件を比べました。

頼まれて助けた人は、相手への好感度が上がりました。それだけでなく、相手を社交的な人だと感じ、距離が近づいたとも答えています。ところが、頼まれずに自分から助けた人には、この変化が出ませんでした。

これは不協和の説明とは噛み合いません。「助けた自分」と「嫌いな相手」の矛盾が動力なら、頼まれたかどうかに関係なく好感度は上がるはずです。上がらなかったということは、効いていたのは労力ではなく、頼まれたという事実のほうだったことになります。新谷は、頼み事は相手に負担をかける行為であると同時に「あなたには甘えていい」という合図として受け取られる、と説明しています。

そう考えると、1969年の実験で事務員経由の評価が低かったことも筋が通ります。同じ「お金を返す」という労力でも、本人が自分の口で頼んだときだけ、それは関係を開こうとする身ぶりになる。

借りたのは本ではなかった

だとすると、この現象の使いどころは、世間で言われているのとは少しずれます。相手に手間をかけさせるのが要点ではありません。要点は、頼めるくらいには気を許している、とこちらから先に示すことのほうです。用件はむしろ軽いほうがいい。断られても関係が痛まない程度の、本を数日貸してほしい、くらいの重さが向いています。

もちろん、人心掌握の道具として反復すれば遅かれ早かれ見抜かれますし、頼み事は相手の時間を実際に削ります。効果を期待して連発するものではありません。効いているのが「頼んだ」ほうである以上、頼む中身より、頼んだあとに何を返すかが残ります。

フランクリンが返したのは、本と、もう一通の手紙でした。

参考にした資料

  • ベンジャミン・フランクリン『フランクリン自伝』該当箇所は1736〜1737年の議会書記選出をめぐる記述。原文はProject Gutenberg版で確認しました
  • Jon Jecker, David Landy「Liking a Person as a Function of Doing Him a Favour」1969年、『Human Relations』22巻4号 371–378頁
  • Yu Niiya「Does a Favor Request Increase Liking Toward the Requester?」2016年、『The Journal of Social Psychology』156巻2号 211–221頁
  • レオン・フェスティンガー『認知的不協和の理論』1957年
  • Benjamin Franklin effect(英語版ウィキペディア)の研究一覧および批判の項