脳は「理由の中身」ではなく「理由らしき形」に反応して承諾することがある。ただし頼み事が重くなると、この自動運転は解除される。

1978年、ハーバード大学の心理学者エレン・ランガーは、大学のコピー機の前に並ぶ人たちを相手に、小さな実験をしました。列の先頭に割り込んで、頼み方だけを変えるのです。

1つめ。「すみません、5枚なんですが、先にコピーを取らせてもらえませんか?」——承諾率60%。

2つめ。「急いでいるので、先に取らせてもらえませんか?」——94%。理由を足すと大きく跳ね上がりました。ここまでは常識どおりです。

問題は3つめでした。「コピーを取らなければいけないので、先に取らせてもらえませんか?」——93%。

列に並んでいる全員がコピーを取らなければいけない人です。この「理由」には情報がひとかけらも入っていません。それでも、ちゃんとした理由とほぼ同じだけ通ってしまった。

「カチッ、サー」

ランガーはこれを、人間が持つ自動応答の現れだと考えました。「〜ので」という形式が引き金になって、中身を検討しないまま承諾の応答が再生される。テープレコーダーのボタンを押すと(カチッ)音声が流れ出す(サー)ことになぞらえて、カチッサー効果という愛称で知られています。

脳がサボっているというより、省エネ設計と言うべきでしょう。日常の小さな頼み事をいちいち精査していたら身が持ちません。「理由を添えてくる人はまともな用事がある人だ」という経験則は、普段はだいたい正しいのです。

自動運転が切れる瞬間

この実験には続きがあります。頼む枚数を5枚から20枚に増やすと、風景が変わりました。理由なしは24%、中身のない理由も24%。**本物の理由(急いでいるので)だけが42%**と、差がついたのです。

つまり、負担が軽いうちは形式だけで通るが、負担が重くなると人はちゃんと中身を読む。自動運転には解除条件があるわけです。

実用の教訓は二方向です。頼む側なら、小さなお願いにも一言理由を添える(それだけで通りやすさが変わる)。頼まれる側なら、「〜ので」と言われたときに中身が入っているか一拍だけ確認する。とくに金額や手間が大きい話で「今だけなので」「みなさんそうしているので」が出てきたら、それはコピー5枚ではなく20枚の場面です。

参考にした資料

  • Langer, E., Blank, A. & Chanowitz, B. (1978) "The mindlessness of ostensibly thoughtful action" Journal of Personality and Social Psychology
  • カチッサー効果に関する日本語解説(ja.wikipedia.org ほか)