おはようございます。水曜日の今日は、日本国内の話から始めます。政府が、生成AIをつくる会社に向けたルールを新しく決めました。罰則はありませんが、**「学習に何を使ったのか説明してください」**と正面から求める内容です。あわせて、Claudeの記憶の仕組み、Appleの新しいチップ、OpenAIの自社チップ、そして画像生成AIの資金調達をお届けします。
1. 日本政府、生成AI事業者向けの知財ルールを策定 — 「守るか、理由を説明するか」
何が起きた? 8月25日、日本政府が生成AI事業者向けの自主ルール**「プリンシプル・コード」を策定したとITmediaが報じました。目的は、AIの透明性の確保と知的財産権の保護**です。
対象は、AIモデルやAIサービスを開発・提供している事業者で、日本でサービスを展開している海外企業も含まれます。一方、第三者の権利を侵害するおそれが著しく低いと考えられるAIシステムは対象から外れます。
内容は大きく3つです。ひとつめはAIモデルの情報を公表すること。モデルの構造、ライセンス、学習の方法、どんな学習データを使ったかなどが含まれます。ふたつめは、権利者(著作者など)から開示を求められたときに対応すること。みっつめは、利用者からの開示要求への対応で、こちらは裁判などの法的手続きに使わないことを条件とする形が示されています。
そして今回いちばん特徴的なのが、実行の仕方です。このルールに法的な拘束力はありません。代わりに**「コンプライ・オア・エクスプレイン」という方式が採られています。直訳すると「守るか、説明するか」。ルールを守ってもよいし、守らないことを選んでもよい、ただし守らない場合はその理由を説明する**、という考え方です。加えて、このルールを受け入れた事業者は一覧として公表されるとされています。
なぜ重要? 「イラストや文章が勝手に学習に使われているのでは」という不安は、この数年ずっと解消されないままでした。今回のルールは、その問いに対して**「まず、何を使ったのか言ってください」**という一歩を置いたものです。中身の是非を決める前に、判断するための材料を出させるという順番です。
期待しすぎないほうがよい点もあります。罰則がありません。理由さえ説明すれば従わないという選択ができますし、その理由の妥当性を誰がどう判断するのかも、現時点でははっきりしていません。実効性は、「受け入れた事業者の一覧」に載っていない会社を、利用者や取引先がどう見るか——つまり評判の圧力にかかっている、というのが正直なところです。
ただ、創作をしている方には実務的な意味があります。開示要求のルートが公式に用意されたということは、これまで問い合わせ先すら分からなかった状態から一段進んだ、ということです。
ひとこと解説: 「コンプライ・オア・エクスプレイン」は、もともと企業統治(コーポレートガバナンス)の分野で使われてきた手法です。全員に同じ行動を義務づけるのではなく、説明責任を課すことで自主的な足並みをそろえさせるやり方で、技術の変化が速く法律が追いつきにくい分野で選ばれやすい方式です。
2. Claudeの「記憶」がチャットとCowork(カウワーク)で共通に
何が起きた? 8月25日、AnthropicがClaudeのメモリ(記憶)機能を更新し、チャットと「Claude Cowork」で記憶が共通になったと発表しました。これまでは、チャットで説明した内容を作業ツール側でもう一度説明し直す必要がありましたが、その手間がなくなります。
仕組みも変わりました。これまでは会話の終わりにまとめて要約していたのが、会話の途中でその都度、話題を記憶に追加していく方式になりました。保存された内容は利用者が一覧で見て、編集したり削除したりできます。
プライバシーの扱いも明示されています。健康に関する情報、政治的な信条、性自認、宗教、民族・人種といった機微な話題は初期設定では記憶されません(設定で任意にオンにできます)。さらに、公的な身分証番号、社会保障番号、犯罪歴、在留資格にあたる情報はそもそも保存しないとされています。無料・Pro・Maxの各プランで既定で有効になり、Web・デスクトップ・スマホアプリで使えます(スマホは最新版への更新が必要です)。
なぜ重要? 「毎回イチから説明し直す」のは、AIを仕事で使うときに地味にいちばん時間を食う部分です。そこが減るのは、体感の使い勝手として大きな差になります。
同時に、記憶するAIは、忘れないAIでもあります。だからこそ注目したいのは、機能そのものより**「見て、消せる」ようになっていること**のほうです。何が保存されているか分からない状態がいちばん困るので、一覧を確認できて、いらないものを消せるという設計は、利用者側の主導権を残す作りと言えます。
おすすめしたいのは、有効になった直後に一度メモリの一覧を開いて眺めてみることです。自分が思っている以上のことが書かれていたら、それが「このAIにどこまで話すか」を決め直すきっかけになります。
ひとこと解説: AIの「メモリ」は、人間の記憶というより付箋のメモに近いものです。会話の要点を短い文にして保管し、次に話すときにそっと参照します。だからまちがった内容を覚えることもあり得ますし、その場合は消して覚え直させるのが正しい対処になります。
3. Apple、M5 UltraとM6を発表 — 「AIを手元で動かす」方向を強める
何が起きた? 8月25日、Appleが新しいチップ**「M5 Ultra」と「M6」を発表しました。搭載されるのはMac StudioとMac miniで、Mac miniは899ドルから。予約受付が始まり、出荷は9月22日以降**とされています。
M5 Ultraは、Appleが「過去最も強力なチップ」と表現するもので、2つのチップをつなぐ従来の方式から進んで、4つのダイ(チップの中身の板)をつないだ初めての構成です。最大36コアのCPUと80コアのGPU、メモリ帯域は毎秒1.2テラバイト(M3 Ultra比で5割増)とされています。
一般向けのM6は、2ナノメートルの製造技術で作られ、CPUは12コア、ニューラルエンジンは16コア×2の構成。AI処理でのGPU性能はM5比でおよそ3割向上と説明されています。Appleは、大きなAIモデルをMacの中だけで動かしたり、追加学習させたりできる点と、クラウドに送らずに済むプライバシー上の利点を強調しています。
なぜ重要? ここ数年のAIは、手元の機械の性能に関係なく、通信の先にある巨大なデータセンターが計算するものでした。今回の発表は、その反対側——手元で動かす方向の話です。
これが効いてくるのは、外に出せないデータを扱う人です。医療、法務、社外秘の資料など、クラウドに送れないものをAIで扱いたい場合、選択肢は「あきらめる」か「手元で動かす」かの二択でした。手元の選択肢が現実的になれば、使えなかった場面で使えるようになります。
ただし、注意点も正直に。手元で動くモデルは、クラウドの最新モデルよりは性能が落ちるのが普通です。「Macを買えばChatGPTと同じことが自分の中でできる」わけではありません。あくまで、用途によっては十分な性能が、手元にも来はじめたという話として受け取るのが実態に近いです。
ひとこと解説: 「オンデバイスAI」は、AIの計算をクラウドではなくその機器の中だけで行うやり方です。通信しないのでデータが外に出ず、電波がなくても動く利点があり、代わりに機器の性能とバッテリーに縛られるという制約があります。
4. OpenAIの自社チップ「Jalapeño」、ベンチマーク結果が公表される
何が起きた? 8月25日、OpenAIが開発している自社AIチップ**「Jalapeño(ハラペーニョ)」について、性能測定の結果が伝えられました。半導体分析のSemiAnalysisが行うInferenceX**というベンチマークで、1人あたりに返せるトークン数と、電力1キロワットあたりの処理量において、NVIDIAのBlackwellを含む現行の主要な推論システムを上回る結果が示されたと報じられています。
Jalapeñoは、OpenAIがBroadcom(ブロードコム)と組んで2025年10月に発表したチップで、設計にはOpenAI自身のAIモデルも関わったとされています。用途は学習ではなく推論(すでに学習済みのAIを実際に動かすこと)に絞られています。OpenAIのハードウェア責任者Richard Ho氏は、同じ電力でより多くのAI処理をこなし、返答も速くなるという趣旨のコメントをしています。展開は2026年末に少量から始まり、本格化は2027年の見込みです。
なぜ重要? 私たちが体感するAIの「速さ」と「値段」は、推論の効率でほぼ決まります。電力あたりの処理量が上がるということは、同じ電気代でより多くの人に返答できるということで、それは中長期的には料金や無料枠の余裕という形で利用者に返ってきます。
もうひとつは、AIの会社が自分でチップを作る流れです。GoogleもAmazonも自社チップを持っており、OpenAIも同じ道に入りました。1社のチップに全員が依存する状態から、少しずつ分散していく動きです。
なお、この数字はまだ実運用の結果ではありません。ベンチマークは条件を整えた測定であり、実際のサービスで同じ差が出るかは別の話です。**発表された性能は「これから確かめられるもの」**として見ておくのが安全です。
ひとこと解説: AIの計算は大きく2種類あります。**学習(トレーニング)**はAIを賢くする作業で、莫大な計算が要ります。**推論(インファレンス)**は、できあがったAIに実際に質問して答えさせる作業です。利用者が毎日触れているのは推論のほうで、回数が桁違いに多いため、ここの効率が全体のコストを左右します。
5. Stability AIが約110億円を調達 — 出資者は音楽大手3社とゲーム会社
何が起きた? 8月25日、画像生成AIStable Diffusionで知られるStability AIが、シリーズBとして**7,600万ドル(約110億円)**を調達したと発表しました。累計調達額は2億3,200万ドルになります。
注目は出資者の顔ぶれです。ユニバーサル ミュージック、ソニー・ミュージック、ワーナー ミュージックの音楽大手3社に加え、ゲーム大手のエレクトロニック・アーツ(EA)、そしてAMD Venturesなどが参加しています。投資会社ではなく、コンテンツを作っている側の企業が並んでいるのが特徴です。資金は、制作向け製品群とプロ向けサービス部門の拡充に充てられます。
同社は、Getty Imagesが英国で起こした著作権訴訟で勝訴していますが、米国での同種の訴訟はまだ続いています。
なぜ重要? 少し前まで、生成AIとコンテンツ業界の関係は訴える側と訴えられる側という構図で語られてきました。今回はその同じ業界が、出資者として入っているという話です。
これをどう読むかは分かれます。協業に進んだとも読めますし、中に入って手綱を握りにいったとも読めます。どちらにせよ、権利者が資本参加していれば、学習データの許諾や収益の分配を、契約として設計しやすくなるのは確かです。今日の1本目でお伝えした日本政府のルールも、根っこは同じ問題を扱っています。「勝手に使う/使わせない」の対立から、条件を決める段階へという動きが、政策と資本の両方で同時に起きている、と見ることができます。
ひとこと解説: 「シリーズB」は、スタートアップの資金調達の段階を表す呼び方です。A→B→Cと進み、Bは製品が形になり、事業を広げる段階にあたるのが一般的です。金額そのものより、誰が出したかに事業の方向性が表れます。
まとめ
今日は、「AIの中身を、外から見えるようにする」という線が通った一日でした。日本政府が求めたのは学習データの説明、Anthropicが用意したのは記憶の一覧と削除、Stability AIに入ったのは権利者側の出資です。角度は違いますが、いずれも中で何が起きているか分からないという不安への応答です。
そのうえで、今日いちばん手を動かす価値があるのは、おそらく自分が使っているAIの「保存されている情報」を一度開いてみることです。AppleのチップもOpenAIのチップも、効いてくるのは半年から1年先の話ですが、記憶の中身は今日確認できます。
出典:
- 政府、AI事業者向け「知財保護ルール」策定 対象範囲・運用方針は? — ITmedia AI+
- Claude Cowork finally remembers what you told the app in chat — TechCrunch
- Apple debuts its 'most powerful chip ever' in M5 Ultra and M6 — TechCrunch
- OpenAI's Jalapeño chip is built for fast inference at scale, benchmarks show — TechCrunch
- Stability AI, maker of image generator Stable Diffusion, raises $76 million in fresh funding — TechCrunch